●東方氏の使用3Dプリンタ
2014年〜 atom 2台
・3Dデザインツール
Fusion360、Design Spark Mechanical、Metasequiaなど
・エレキベースのアクセサリー作りがきっかけ
ここだけの話ですが、実は私が最初に3Dプリンタで作ったものはヨーヨーではないんです。楽器の装飾品を作りたかったんです。
▲ベースの写真。(クリックで拡大) |
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これは、エレキベースのヘッドです。ネコの人形がいっぱいくっついています。当時、iPhoneのイヤホンジャックが上部にあって、ほこりよけとして使うネコのグッズが可愛くて、これを楽器にもつけられないものかと思いました。楽器に穴を開けたり接着剤を使うのは嫌だったので、アタッチメントを作ろうとしたことが、3Dプリンタに至る原点です。
当時、3Dプリンタを使うという発想はありませんでした。プラ板を切って貼ったりパテを使って作りました。当然、うまくできないというか、すぐ壊れるわけです、見た目も悪いし。そこで当時、2013年の夏頃だったと思います。3Dプリンタという機械があること、無料で使える3D CADがあるということをたまたま知って、独学で3Dモデリングを身につけてかたちにして、DMM.makeのプリントサービスに出しました。振り返ると、3Dプリンタがどうとかっていうよりも、自分の考えていることを具現化、アウトプットする手段として、最適なものが3Dプリンタだった、ということでした。
このアタッチメントは、仲間内で見せてるうちに譲って欲しいという声があったので数個作って売りました。「あ、実際に作ると、価値になるんだ」という実感をしたのも、3Dプリンタによってアイデアがモノとして具現化されたからだと思っています。
・3Dプリンタで独自の競技用ヨーヨーを
ヨーヨーは社会人になってから始めました。より高度な技ができるようになっていくのが楽しくて、競技会にプレイヤーとしても運営者としても参加しています。ヨーヨーを製品という観点から見ると、残念なことに、製造業の例に漏れず、コモディティ化しています。
今日、斬新ですごいデザイン、設計のヨーヨーが出てきても、半年もしないうちにどこか別のメーカーが真似して、絶妙に同じような違うものが商品として出てきます。あるとき、「どこまで行ってもこれの繰り返しなのかな」と気づいたんです。
自分なりに競技にトライする中で、どんなヨーヨーを使いたいのか自分の好みが分かってきたというのと、次々登場する“どこかで見たような新商品”のラッシュに嫌気が差したというのもあって、自分が競技で使うヨーヨーを自分で作れないものかと思うようになりました。
すでに3D CADの使い方は分かるし、3DプリントもDMM.makeに依頼します。自分による、自分のための、自分の好みのヨーヨーを作ろうという行為が、3Dプリンタによって可能かどうかを見極めようと思いました。
私のヨーヨーに関する興味は、競技会に参加することよりも、どうやったら3Dプリンタで実用的なヨーヨーを作れるか、3Dプリンタでしかできないヨーヨーをどうやったら作れるか、という実験的なものにシフトしていきました。
▲DMMで作った陰陽モチーフのヨーヨー。(クリックで拡大) |
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・自宅に3Dプリンタを持つ必要性
DMM.makeを利用する一方で、限界もありました。いろんな設計のヨーヨーを試していた時期に機械メンテナンスで納期が遅れる、もっとも安いナイロンの3Dプリントではヨーヨーの重さが狙ったとおりにならない、などいくつかありました。特に重さはヨーヨーにとっては致命的です。ナイロンの比重を計算してヨーヨーを設計していたのですが、狙った重さの7割とか8割になってしまうので、想定する回転力に達してくれないのです。これらがいろいろ重なって、もういっそ3Dプリンタを買おうと考えました。
情報は少ないながらも、当時中野ブロードウェイの地下にあった「あッ、3Dプリンタ屋だッ!」に通って、パーソナルタイプの3Dプリンタを実際に見たり、リアルとネットで情報収集していきました。その結果、3つのポイントを考えました。
・製造業用の3Dプリンタは数百万から数千万円するが、パーソナルタイプなら10万円~20万円くらいである(当時)。
・パーソナルタイプの3Dプリンタは自作もできる。Reprapという3Dプリンタがあるらしい(英語のwikiを読んでいました)。
・高くて良いものを入手しても、パーソナルタイプの3Dプリンタは壊れることがある。壊れるとはいうものの、多くの場合、単なるノズル詰まりやファーストレイヤーのはがれによる失敗のようで、これはつまり機械を使う技術が必要だ。
・atomの組み立てワークショップに参加
2014年の夏だったと思います。最終的に、MagnaRecta社(旧名Genkei社)の3Dプリンタ「atom」の組み立てワークショップに参加しました。これは、3Dプリンタを部品から組み上げて、操作方法も教えてもらえて、その日に持って帰れるという、全部盛りのワークショップでした。情報収集をした結果として3Dプリンタは自分でメンテナンスをすべき機械だ、という認識を持っていたのもあって、迷いはなかったというか、逆に他の選択肢はなかったです。
当日、ダンボール箱を運ぶカートを持参し、電車で持って帰って、その日の深夜にヨーヨーをプリントしていました。あとでMagnaRectaさんから、「カートを持ってきてその日に持って帰った人は、後にも先にも東方さんだけですよ」と言われました(笑)。1台目購入の半年後にもう1台atomを買いましたし、それくらいのめり込んでいたということだと思います。
▲atomとはじめての3Dプリント。(クリックで拡大) |
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・3Dプリンタの導入の効果と費用対効果
本体と組み立てワークショップで14万円くらいだったでしょうか、高い買い物とは思わなかったです、それくらい払って当然でしょうと。それよりも、新しいおもちゃを買ったような感覚で、正直、費用対効果という概念はなかったです。
自宅にatomを持ったことで、ヨーヨー制作は抜群にはかどるようになりました。プリントしたヨーヨーを人にプレゼントしたりとか、3Dデータのプリント依頼を受けたり、そういうことを始めたきっかけにもなりましたし、昨年からatomで作ったヨーヨーやグッズを販売しています。
妖怪ウォッチのブームがありましたよね、今も流行っているのか分かりませんが、当時勤めていた会社の同僚のお子さんが妖怪ウォッチのファンで、メダルを集めていました。幼稚園のカバンにお気に入りのメダルをつけたい、みたいな雑談から作ったのが「妖怪メダルホルダー」です。自分のブログで少し紹介したくらいなのですが、たまに注文が入ります。表面のイラストを邪魔しないデザインで、個人的にも結構気に入っています。こういうアイデアをシンプルに具現化することができるのが3Dプリンタの面白さなので、陳腐な言葉ですがプライスレスかなぁと感じます。
▲妖怪メダルキーホルダー化アタッチメント。(クリックで拡大) |
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・満足度を点数でいうと atomは120点
造形精度の高さ、特に真円度の高さが理由です。ヨーヨーは、円がきれいに3Dプリントできていないと回転ブレの原因になりますし、ベアリングやボルト・ナットなどの組付けもできなくなっていまいます。RepRapジャパンコミュニティでも、atomの真円度はすごい、とたまに話のネタになります。とはいえ、性能がどうとかってことよりも、今までDMM.makeで作ってもらっていたものが自宅で作れるという感動、インパクトが強いです。
・課題
何をもって課題とするかという点もありますが、私の場合、最初に思い浮かぶのは、ヨーヨー以外のものを作ろうとするとプリントエリアが足りないことがある、ということでしょうか。3Dデータの作成時点で、プリントエリアに配慮して分割し、プリント後に組み合わせするように設計することが多いです。
・素材について
先日、RepRapジャパンコミュニティでも話が出たんですが、ABSってすごい反ると。オチとして、それはもうABSという素材を使うこと自体を諦めたほうが良い、という結論になりました。オワコンだと(笑)。私自身はColorfabbやProtopastaといった海外のフィラメントメーカーのファンです。どちらのメーカーも3Dプリント素材として、ABSの研究開発はほとんどしていないようです。使いやすい素材を見つけてきて、好きな用途に使うという考え方にシフトしたほうが、ABSのプリントをどうにかする努力を重ねるよりも効率的かもしれません。
・積層ピッチと精度について
atomを買って半年後くらい、2014年の終わり頃だと思いますが、同じヨーヨーを0.05mm、0.1mm、0.2mm、0.3mmのピッチでそれぞれプリントして、どう違うかプレイして比べました。結論、ヨーヨーの性能としては特に変わりませんでした(笑)。ブレが軽減されるわけでもないし、回転力に影響があるわけでもないです。形状がきれいに再現されるかどうかくらい。なので、私としては積層ピッチは気にしません。むしろ、積層ピッチを細かくすると時間がかかってしまって完成までもどかしい。
パーソナル3Dプリンタにおいて、よくピッチがどうとか精度がどうという話題が出ます。私自身は「3Dプリントした2個の物体を組み合わせて、ブレのない回転体」というヨーヨー作りを追求してきて、できることも限界値も知っています。目指す製品によって必要な精度が変わると思いますので一概に言えず、「気になるなら1台買って自分で確かめたらいいですよ」というのが本音です。入手して、使うようになって見えることがあります。
・出力時間について
時間短縮しようとしてプリントスピードを速くしすぎると、楕円になってしまい、ヨーヨーの回転に悪影響が出ることが分かっています。なので、パーソナル3Dプリンタユーザーの中では、比較的低速でプリントしている方だと思います。ヨーヨーを1つ作るのに平均して6時間ですので、夕方データを作って、寝てる間にプリントして、朝起きたらできていて、試してみてまた設計を変えてと。時間は特に気にしていないです。
・仕上がりについて
ヨーヨーの世界チャンピオンでありヨーヨー専門店の店長でもある方と、コラボレーションしてグッズを作っています。カウンターウェイトというプレイスタイルで使うグッズです。PLAで作ったときの見た目が「飴みたい」ということで「キャンディーダイス」というネーミングです。2017年5月の発売から1年で1,800個を販売しました。3Dプリンタで作ったものを最終製品としてどう仕上げるか、ということは今後、議論の余地があると感じます。積層痕がどうこうとかではなくて、そこを逆手に取ってどうするか、という発想に切り替えたほうが合理的と感じるのですが、それもそれで難しいからです。
▲ヨーヨー世界チャンピオン考案のグッズ「キャンディーダイス」。(クリックで拡大) |
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・本質は3Dモデリングにあって、3Dプリンタはただの道具
私は最初から3Dプリンタありきで、本体選びから入ったわけではなく、アイデア実現の過程に3Dプリンタがあったという感じでした。そのため、3Dデータを自由に作ることができなければ、自由な3Dプリントはできないことに早々に気づいていました。
atomを買った当時、テレビニュースや、ネットニュースで、そもそも3Dプリンタがどうすごいか、さらに新しい3Dプリンタはどうすごいか、Kickstarterで最新の3Dプリンタが出た、みたいなことが盛んに報じられていた頃で、よくそういったものを見ていました。
ほとんどの場合、3Dデータに言及したものはなかったように思います。そういう「3Dプリンタで、誰でも自由なモノ作りが可能になった」みたいなニュースや、そういう売り文句の販売ページを見て、間違ってるとまでは言わないけどそうじゃないというか、もやもやしています。
何が言いたいかというと、3Dプリンタをどんなものと捉えていいのか、社会全体がまだ理解をしていないのではないか、ということをずっと考えています。自分が持っている3Dプリンタへの理解と、世間の通念との間に、ものすごいズレを感じています。もっともっと昔から、ラピッドプロトタイピングマシンとしてすでに3Dプリンタを使っていた人には頷いてもらえるのではないかと思います。
・3Dプリンタの楽しみ方を提案し続けたい
▲ワークショップ。(クリックで拡大)
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私は、正しく3Dプリンタを認識してもらうために必要なのは「この3Dプリンタが良いよ!」ということではなくて、3Dモデリングを伝えることだと確信しています。
不定期ですが、「3D CADと3Dプリンタでヨーヨーを作って遊ぶワークショップ」を開催しています。これは、私がゼロからスタートして2年ほど右往左往しながら得た「パーソナル3Dプリンタを自宅で運用するノウハウ」を、2時間に圧縮して伝えるものです。
題材としてのヨーヨーを説明、3D CADの使い方、3Dプリンタの使い方、作ったものを使う、という、プロダクトが生まれ、誰かの手で使われるまでの、一連の流れを2時間で体験していただきます。
私が始めたときにはとにかく情報がなかったのです。今から始める人はそこまで苦労しなくていいはずだ、と思っていて、私のノウハウをお見せしています。
3Dプリンタは掛け算で価値が生まれる、というのが私の持論です。ワークショップに参加したあとは、それぞれが持つ「情熱」に3Dプリンタを掛け算してほしいと思っています。私の場合は、3Dプリンタ×ヨーヨーでした。前述の通り、3Dプリンタ×楽器の装飾、3Dプリンタ×妖怪メダルをキーホルダーにする、などもほんの一部です。3Dプリンタというキーワードと、各人が胸に抱える情熱をつなげて差し上げたい。それだけでも、ずいぶんと3Dプリンタの誤解が減って、面白い活用事例が増えると思います。
最近は、題材を変えながらやっています。プリントしたものは何かに使える、というところだけはこだわって、シャボン玉ステッキ、コマ、ハンドスピナーなどです。特に、ハンドスピナーは片手に収まるサイズで、3Dプリントして作って使うという題材には適しています。ハンドスピナーはもともとリラックスの道具ですから、転じて、ヨーヨーは社会人の集中力、コンセントレーション開発の道具として新たな価値を生み出せないものかと考えています。
3Dプリンタを使っていると、不思議なことに、モノとコンセプトとを、いったりきたりするようになるんですよね。妖怪メダルも、集めるものから携帯するものに変化させられたわけですし。もともと、ヨーヨー制作だけをしてきたわけではないので、3Dプリンタを中心に据えたコンテンツは、これからもどんどん増やして提供していきます。
・3Dプリンタを持ち運びたい!
ワークショップのときは、会場として外部の場所をお借りします。そのとき、自分の3Dプリンタを使ったほうが進行上の都合が良くて、毎回家から持ち出すのですが、いちいち大変でして、今、「ぱっと折り畳んで持ち運べる3Dプリンタ」を自作しています。
▲Foldarapの試作。(クリックで拡大) |
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これはFoldarapという名前の3Dプリンタで、フランスの方が開発者です。オープンソースなので、英語ですが、すべての設計データが公開されています。日本で手に入る部品にアレンジする必要があって、ちょっと手こずっていますが、ほぼ完成のめどが立っています。
ジャパンバージョンができたら、私もいずれデータを公開したいと考えています。先日のメイカーフェア東京でも展示しました。
▲メイカーフェア東京。(クリックで拡大) |
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展示中、プログラミングを学んでいる大学生のお嬢さんから、3Dプリンタでロボットの外装を作りたいということで相談を受けました。いろいろとお話を伺った結果、まず3Dモデリングを覚えて筐体の3Dデータを作ること、場合によっては作れる人にお願いすること、3Dプリンタを選んだり使い方を覚えるのはもっとあとで良いのではないか、というアドバイスに落ち着きました。
これから3Dプリンタを始める人にはぜひ視野を広く持って、どうやって何に活かそうかという視点と、どこから始めるのが適切かという視点で捉えていって欲しいと願っています。
次回は斉藤正宏さん/CAD鉄です。10月下旬掲載予定。
(2018年9月18日更新) |