●おじいちゃんが若い頃に使ってた3Dプリンタ?
私は機械産業に従事しているわけでもなく、設計業態などを生業としているわけでもないので、産業用の3Dプリンタの展望ではなくて、数万円程度で購入できる低価格な家庭用3Dプリンタについて話をさせてもらいます。
2012年の5月にMakerbot社の「Cupcake CNC」の中古を入手してから、家庭用(ホビー用)3Dプリンタを使い始めました。「おじいちゃんが若い頃に使ってた3Dプリンタが納屋から出てきた」みたいな風貌をしていますが、これでも今世紀に発売された機械なのですよ。
Makerbot社の「Cupcake CNC」。(クリックで拡大) |
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ストラタシス社の熱溶解積層方式(FDM、FFF)の特許が切れた後にRepRapプロジェクトの成果を使って家庭用として市販された最初期の機械ですが、順調に動作した試しがなくて、出力している時間よりも直したり調整している時間の方が長かったくらいでした。トラブル続きの様子をTwitterに書き込んでいましで、こちらにまとめています
「やあみんな!今日の3Dプリンタートラブルの時間だよ!!」
https://togetter.com/li/561966
Cupcake CNCを入手する前に展示会などで実物を見ていましたし、先行して導入した人たちの声、「ヤバイ」「出力物の表面ガタガタで使い物にならない」「モノ作りスペースに導入した機械は壊れたまま放置されている」「地雷」「ネジは作れない」などなど聞き及んでいましたので、覚悟はしていたのですが、あまりの使えなさに呆れるのを通り越して楽しくなってしまって、私は足を踏み外しました。
FFF方式の失敗の代表のモジャモジャした謎の物体は「朝起きたらモジャモジャ様が降臨されていた」と座敷童子か縁起物のような扱いです。
朝起きたらモジャモジャ様が降臨されていた! (クリックで拡大) |
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Cupcake CNC以降、クラウドファンディングでいろいろなインディーズメーカーからRepRapをベースにした3Dプリンタが発表されるようになり、世界各地で出資して入手してガッカリした人を量産するようになりました。
3Dプリンタは最終製品の製造や量産には向かないと言われてますが、人間の失望の量産効果は抜群でしたね。希望と失望の相転移をエネルギーに変換できたら、エントロピーの法則を凌駕して宇宙と魔法少女を救えたかもしれません。
クラウドファンディング組の3Dプリンタメーカーは昨今の中国勢の低価格3Dプリンターに打撃を受けて淘汰されてしまいました。
その中のPrintrbot社はけっこう長く頑張っていて、私も「Printrbot Simple」を個人輸入して使っていましたが、Printrbot社も先月解散してしました。
なんだか、誰も幸せになってませんね。
Printrbot社の「Printrbot Simple」。(クリックで拡大) |
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工作機械は剛性と重さが性能の内と言いますが、低価格を突き詰めた中国製の3Dプリンタは「こんな構造で大丈夫なのか?」という見た目のものがあります。RepRapプロジェクトの時点で加工精度や組み立て精度の低い機械でもなんとか動いてしまう設計思想でしたので、低価格3Dプリンタも何故だかそれなりに動いてしまっております。
ゆるふわ系3Dプリンタ? (クリックで拡大) |
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https://twitter.com/compon/status/870817982787723265?s=19
組み立て精度や加工精度が低くても、なんとか動かしてしまうのは、カラシニコフの設計思想に通じるものがありますね。私はゆるふわ系3Dプリンタと呼んでいます。
現在市販されている家庭用3Dプリンタの内、10数万円代の機種は、数多の先行ユーザーの犠牲の元に「買って来て箱出ししてデータを送れば出力できる」ところまで洗練されてきました。熱溶解積層方式の仕組み上、造形ヘッドと出力物の間に、溶かしながら積み上げてた樹脂を直後に冷却するという矛盾したプロセスがあるので、なかなか安定させるのは難しいのですが、理論的なピーク性能の精度でなく、平均70点をコンスタントに出せるくらいの機械を選んでおくと幸せになれます。
●家庭3Dプリンタでお金は稼げない
6年ほど3Dプリンタを使ってきましたけど、ちっともお金になりませんね。
お金になったのはワンダーフェスティバルで出力物を売ったり、知人の入力デバイス試作に協力したり、こうやって原稿を書いたりしたくらいで、機材やソフトウェアに投じた金額と手がけた手間に対して、得られたお金は数万円程度にしかなっていません。
某公共放送局で有名タレントさんが司会を勤める科学番組のロケに出て、自作のアイテムが紹介されたりしましたけど、ギャラは紅茶セットでしたからね。3Dプリンタを買わずに働いていた方がよかったんじゃないかと思いますよ。
ワンフェスで出力物を売ってみた。(クリックで拡大) |
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ただし、定職(建設業の現場監督)に就いていた頃は、まともに家にも帰れなければろくに休日もないブラック業態でしたので、3Dプリンタにデータをセットしておけば、次に帰って来れる時には出力終わってできている(orもじゃもじゃ様が降臨している)のに希望を持っていたのです。
産業用の3Dプリンタにおいては、金属で出力してエンジンを作ったり、生体部位を作って医療に役立てたり、巨大な3Dプリンタで家を建てたりとお金になりそうな分野で頑張っておられますが、個人用の3Dプリンタは、お金にならない無駄で個人的な物や、公にできないやましいモノを作る方向に突き進んで欲しいと思っております。
光造形方式の3Dプリンタにおいては、従来はレーザー光をガルバノミラーで制御していたものを、近年ではタブレットやスマートフォンの高画素なLCDパネルを流用して光学的なマスクにして、単純な機構で高精細な造形を行えるようになった機種が数万円台の価格で出現しています。
個人用途で入手できる光造形樹脂は物性的に不安的な材質ではありますが、産業用途に耐えうる安定性はなくとも、精密な造形物を出力した後に、安定した材質に置き換えることで、従来の加工機械ではコスト的にペイできないモノが作れるようになりました。
それで何を作るかといえば、従来の光造形機の主な使い道であった工業製品の試作用途と言うよりも、個人用途に密かにエロティシズムあふれるフィギュアを作ったり、メーカー製のプラモデル化の望みが薄いニッチなアイテムを少量生産するなどができるようになっています。
それらを売っても、3Dプリンタの機械代にもならない数万円程度の利益しか生み出せませんし、後工程の労力を人件費に換算するのを踏まえると、やはり3Dプリンタを買ったり使ったりしないで、真面目に働いた方が良いかもしれませんが、そーゆーマネタイズの計算ができる人はそもそも3Dプリンタは買いませんからね。
次回の執筆は近藤義仁さんです。
(2018年8月16日更新) |