●ラブ・プリンターは突然に
私が3Dプリンタと初めて出会ったのは、今から10年前、3D CADに興味を持ち、近隣で開催されていた3D CADのセミナーに参加した際に展示されていた数百万円以上する3Dプリンタであった。その当時は今のように数万円程度で買える3Dプリンタはなく、高価な道具であった。自分のような貧乏人には買えない、縁のない道具と思っていたのだろう、どんな顔(形)でどんな性格(正確・精度)の3Dプリンタだったのかまったく記憶にない。
それから3年後、まさか3Dプリンタを使うようになるとは…。3Dプリンタは突然にやってきた。当時、イスラエルのobjet社(現:Stratasys)で販売していた「objet30」が職場にやってきたのである。当時で400万円くらいするインクジェット式の3Dプリンタ。ノズルから光硬化性のアクリル系の樹脂が噴射され、紫外線で固めながら積層していくもので、積層ピッチが28μmと細かく、曲面が綺麗にできるのが特徴。私は、この3Dプリンタに恋をした。3Dプリンタブームより、ちょっと早い初恋である。
初恋の3Dプリンタ「objet30」(上)と造形サンプル(右)。(クリックで拡大) |
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●初恋の味は?
私は以前に自動車内装部品の設計会社で仕事をしていて、主に射出成形金型で作れる形を設計していた。アンダーカットや反り・ヒケなどを気にし、金型の形を切削できるかの検討もする必要があり、日々、頭を悩ましていた。それが、なんと3Dプリンタを使うと何でも簡単にすぐに作れるではないか。私はこの手軽さに驚かされた。
3D CADで3Dモデルさえ作れば、後は3Dプリンタにデータを転送するだけで自動でできてしまう。しかも、アンダーカットや刃物で削れるかなどの心配をする必要もない。3Dプリンタが自動的にサポート材を付加しながら積層して3Dモデル通りに形をつくってくれる。私はこんな何でもできる3Dプリンタに恋をして夢中になっていく。しかし、初恋はそんな甘いものではなかった。
1つは材料費である。1g数十円と高額で、手のひらサイズのものをつくる場合では数万円かかる場合があった。しだいに気軽においそれとは使えない、高嶺の花の存在へとなっていった。
2つ目はサポート材の除去である。細い形状の部分をサポート材の除去をする際に造形物を誤って折ってしまうこともあった。時間とお金をかけて作ったものが一瞬にしてパーである。せっかく作った形状が折れたときには、まるで失恋したかのように心が折れた。
3つ目は強度である。先ほどのサポート材の除去の話にもなるが、材料がPPやABSなどの樹脂材料であれば、柔軟性があり折れにくいが、光硬化性のアクリル系樹脂は、衝撃でパキッと折れやすかったのである。
その他にも日々のメンテナンスが必要だったり、材料に消費期限があったりなど、付き合ってみてからいろいろ分かることが多かった。紹介されて付き合いはじめた頃は良いところだけ見えていたが、3Dプリンタの本当の姿が徐々に分かってきた。
誤解して欲しくはないので補足すると、材料費が高額で、サポート材除去の苦労などはあったが、設計した3Dモデルが素早く形にできるのは、すごく魅力的であった。なので、私が3Dプリンタを嫌いになることはなかった。
●恋愛ブーム? 2回目の恋の行方
初恋の苦い味を感じてから3年後、3Dプリンタブームがやってきた。3Dプリンタの技術の一部が特許切れとなり、数十万円で買える安価な3Dプリンタが数多く発売された。新聞やテレビのニュースでも話題となり、「魔法の箱」のように何でもできる機械と報道された。私はすでに恋愛経験があったので、ブームに流されることはなく、冷静であった。ちょっとした講演を頼まれることもあった。そこでは3Dプリンタの良いところ、悪いところを正直に話させてもらった。
ブームも中盤になってくると、自分も安価な3Dプリンタを使いたくなってきた。材料費も安そうだし、持ち運びもでき、講習会などに持っていき実演ができるということから会社で購入してもらった。
その当時付き合いのあった会社で販売していた「UP!Plus2」を購入した。安価な3Dプリンタで多く採用されている熱溶解積層法(FDM、材料押出)のものだが、実はこの時、購入する3Dプリンタの選定をまったくしなかった。安価な3Dプリンタに大きな違いはないと思っていたのだ。
だが後から分かったことだが、安価な3Dプリンタで同じ価格のものでも、同じ精度、品質のものができるということではなかった。例えば、車や家電製品などの場合、価格が同じ場合、ある程度同じくらいの性能だと思っているが、細かい性能を比較するとやはり違ったのである。たまたま買った3Dプリンタであったが運良く大当たりで使いやすい3Dプリンタであった。2回目の恋に大成功したのである。
●お金のかかる恋愛とかからない恋愛
2回目の恋に大成功したと書いたが、はじめは失敗の連続であった。造形で失敗することが多く、ノズルが詰まって材料が出なくなったり、反ったものができたりなど、まるで3Dプリンタに嫌われているかのようだった。だが、あきらめずにチャレンジしていくにつれ、性格(特徴)が分かってきて、うまく付き合えるようになった。
うまく付き合う方法その1:造形ベッドの水平、高さ調整は、きちんと行うべし。これがきちんとできていないとノズルがベッドに強く当たってしまい、徐々に材料が出なくなってしまうなどの不具合があった。
うまく付き合う方法その2:温度管理に気を付けるべし。Up! Plus2は、外が囲われていないので外気が直接あたるため、クーラーの冷たい風があたって急激に冷やされると、造形物が反ってしまうなどの不具合があった。そのため、外側を囲うケースをつくり、外気の風が直接あたらないように手を加えた。
うまく付き合う方法その3:造形方向に気を付けるべし。初恋のObjet30のときにも気を付けていたことだが、より造形方向を気にする必要があった。積層方向の垂直方向からの力には、どうしても弱く、見た目も積層痕が目立つ、またサポート材を剥がしやすいように工夫する必要があり、はじめは試行錯誤だったが、徐々に性格が分かってくると失敗する確率も減っていった。
3Dプリンタ造形失敗サンプル。(クリックで拡大) |
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初恋のobjet30の場合は、お金はかかるが造形の失敗は、ほとんどなく、安心して夜に動かして朝来たら当然のようにできていた。しかし、UP!Plus2は、朝会社に向かうときに上手くできているか不安になる。お金をかけて不安を減らすか、お金をかけずに苦労するかの選択をしていた。
いろいろな苦労はあるが、それでも材料費が安く気軽に使えるUP!Plus2を今でも好きでいろいろな場面で使っている。細かい部分を再現するために精度良く作りたい場合はobjet30、それ以外の場合は、UP!Plus2を使っている。そして、現在、大きなものをつくれるようにUP!Plus2と同じ造形方式のL-DEVO3145も購入して活用している。
3Dプリンタ「L-DEVO3145」。(クリックで拡大) |
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左側の現物を3Dスキャンして造形したのが右側。(クリックで拡大) |
●大恋愛スタート
はじめて3Dプリンタと出会って10年経った今、今度は私の住んでいる北上市が国の補助金を活用して、なんと、ストラタシスの約5,000万円する世界初のフルカラー&マルチマテリアル3Dプリンタ「J750」を購入し、私の働いている会社に設置がされた。
6種類の樹脂材料を一度に噴射するマルチマテリアル・フルカラー3Dプリンタで、CMYKW(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック、ピュアホワイト)の樹脂を組み合わせて36万色以上の鮮やかなカラーを再現。カラー樹脂と透明材料やゴムライク樹脂をプラスすることで透明度や硬さの調整が可能で、完成品と同等の試作品の製作が可能だ。材料費は高いが何でもできる夢のような箱である。これをどう使いこなしていくか、私の大恋愛のはじまりである。
また、個人的にも安価な3Dプリンタを3台購入した。これについての詳しい話は、私のブログへどうぞ
http://home3ddo.blog.jp/3dprinter-home-buy
私の3Dプリンタとの恋は、まだまだ続くのであった。
約5千万円するフルカラー3Dプリンタ「J750」と造形サンプル(右)。(クリックで拡大) |
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●今後の恋の行方は? 3Dプリンタの未来は?
最後に3Dプリンタの未来について妄想したいと思う。今現在も3Dプリンタは、製造業における試作用途以外にも、建築土木関係や医療、介護、食品、宇宙関係など幅広い分野で活用が進んでいる。3Dプリンタで家を建てたり、橋をかけたり、また医療分野でも、人の細胞や血管など、今後当たり前のように作る時代がやってくるかもしれない。
そして、私が予想する未来は、人工知能が搭載された3Dプリンタである。人工知能が3Dプリントのノウハウは持ち、造形方向やスピード調整、材料の選択などを行ってくれる。今、人が苦労して行っているところを人工知能がやってくれるようになるのではないかと思っている。
また3Dプリンタ以外のCADやCAE、CAM、3Dスキャナなどのソフト・ハードも発展することの相乗効果により、今後のものづくりは大きく変わってくると思う。Youtuberのような新しい仕事も生まれてくるだろう。
大量生産品を購入する時代から、自分の欲しい形、合う形がオーダーメイドで買える、作れる時代になっていくだろう。本当に未来が楽しみである。私の妄想はまだまだ膨らむが、この辺で終わりとさせていただく。実は妄想の未来は、すぐ近くまできているかもしれない。
次回の執筆は三谷大暁さんです。
(2019年1月22日更新) |