初めまして、EncodeRing株式会社の角村です。パーマがとてもよく似合う内野さんからご指名をいただき、記事を書かせていただいております。ありがとうございます。
私は現在to C向けのカスタマイズ商品を提供しております。「EncodeRing」は、音声を吹き込むと、吹き込んだ音声の波形からジュエリーの3Dデータを瞬時に生成し、3Dプリンタを使ってリングやネックレスを作ることができるサービスです。
主にto Cの世界で仕事をしておりますため、今回は3Dプリンタが、to C向けの商品をどのように変えていくのかを若干の妄想も含ませながら考えていきたいと思います。
声の波形でデザインするオーダーメイドリング。声を入れるとその場で3Dになる。(クリックで拡大) |
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●カスタマイズという諸刃の剣-家庭用3Dプリンタの失敗-
3Dプリンタの特徴は、なんといってもカスタマイズされたモノを作ることができることです。その人に合ったモノや、その人が手を加えたモノ、その人にしか分からない思い出が形に反映されているモノなど、カスタマイズによって人それぞれ異なる価値を生み出すことができます。
私が最初に3Dプリンタで始めたカスタマイズサービスは、「petfig」という、ペットの写真からフィギュアを作成するというものでした。
スマホで撮った写真がフィギュアになる。(クリックで拡大) |
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お客様から写真を送ってもらい、その写真から3Dデータを作成。フルカラーの石膏プリンタで出力してお届けするというもので、ソーシャルメディアでのバズがきっかけで広まり、3万円近い価格にもかかわらず、多くのご注文をいただきました。
現在手がけている「EncodeRing」も世界20ヵ国で販売を展開をしており、想像を超える数を生産しております。
●なんでもできるは刺さらない
これら2つのサービスに共通していることは、「感動してもらえるコンセプトがある」ということです。愛すべきペットを形にする。大切な人の声を身につける。いずれも明確なコンセプトがベースとなっています。
みなさんも言及されていますが、かつて3Dプリンタブームが到来した際、メディアがこぞって使用したのが「なんでも作れる魔法の箱」というワードでした。私自身も非常に心を弾ませていましたし、冷静な視点を欠いた人が多くいたのではないかと思います。
ストラタシスのMakerBot社買収のニュースや、特許が切れたことによる低価格3Dプリンタの相次ぐ登場。「フルカラーに対応」、「金属やカーボンに対応」、などの3Dプリンタの進化に関する情報も頻繁に発信されるようになり、本当になんでも作れる箱が低価格で販売され、一家に1台の時代がくるのではないだろうか? と思っていた人もいることでしょう。
結果、家庭用3Dプリンタは一般に普及しませんでした。
理由は明確でした。ほとんどの人は作りたいものなんてなかったのです。3Dプリンタメーカーは、プロのミュージシャンが作ったCDがない世界で、数十万円もするステレオを売っていたのです。
これがあれば自作の音楽がなんでも再生できますよ、と。ほとんどの人がミュージックプレーヤーを買う理由は好きなアーティストの音楽を楽しむためであって、自分で作った曲を再生するためではありませんよね。
●作りたい人はほとんどいない
カスタマイズは諸刃の剣です。なんでもできるという可能性とは裏腹に、一般消費者は「なんでもできる」に反応しません。オリジナルだから嬉しい、というのは幻想です。
ほとんどの人は、自らデザインした自分だけのものが欲しいとは思っていないでしょう。なぜならば彼らはクリエイターではないからです。自分だけのモノをゼロから作るよりかは、誰かが作ったモノを、みんなで一緒に使っていたいのです。
●創り手には最強のパートナー
一方で、クリエイターにとって3Dプリンタは鬼に金棒です。これまでにない尖った作品、サービスを生み出すことで、大きな投資をせずとも成果をあげることができるようになりました。3Dプリンタがなければ「petfig」も「EncodeRing」も存在しません。いずれも大きな投資をせず、最小の投資(サンプル製作など)で世に送り出し、SNSやメディアを通じて拡散され、大きな成果をあげることができました。
また、こうした作品の提供だけではなく、ブログやYoutubeなどの企画物としても、使い方によって3Dプリンタは大きな成果を生み出すことができます。オモコロに掲載されている自分をメタル化してみたという企画は最高に面白く、たくさんの人に読まれています。
今までになかったモノをいろんな素材で生み出すことができ、形にできる。さらに大きな投資も不要といった、クリエイターに優しい世界を3Dプリンタが作ってくれました。
●サービス開発の武器
サービスには「鎮痛剤ビジネス」と「ビタミン剤ビジネス」があります。これらいずれのサービスにおいても3Dプリンタはその力を遺憾なく発揮します。
「鎮痛剤ビジネス」は問題を解決するビジネスのこと。実際にあった事例として、マンションのオーナーさんが、キッチンのあるパーツを全部屋交換しようとした際、そのパーツが製造中止になっていて手に入らないということがありました。そのパーツのために、全部屋のキッチンを交換しなければならないとのことでした。
全部屋のキッチンを交換するとなると、当然ながら高い費用が発生します。そこで3Dプリンタの登場です。残っているパーツから3Dデータを作り、パーツを造形することで、手に入らなかったパーツを組み込むことができ、高い費用を払わずに済んだのです。
これが鎮痛剤ビジネスです。
その他にも、海外では高価な義足を3Dプリンタで安価に作るプロジェクトや、長時間使用によって耳がいたくなるという補聴器の問題を、耳にフィットした形で作ることで解決するケースなど、3Dプリンタが鎮痛剤ビジネスで活躍する姿を見ることができます。
●新しい体験を支える”3Dプリンタだから提供できるサービス”
もう1つの「ビタミン剤ビジネス」とは、特に困っているわけではないけれども、あったらいいよね、というサービスのことです。
ペットのフィギュアも声で作る指輪も、世の中になくても困りません。しかし、それらのサービスが持つコンセプトと、3Dプリンタのカスタマイズ性を掛け合わせることで生み出される”新しい体験”が人の心を惹きつけることがあります。
またまた「EncodeRing」の話になってしまいますが、画面上に声を入れるとその場で3Dがデザインされます。3Dデータが自動で生成されて、そこからリングの原型を作っていくのですが、これは3Dプリンタがなければ成立しません。細かな波形の原型を忠実に手で再現するのはあまりにも難しく、時間がかかりすぎるからです。
画面上で声が形になる。そしてそれが忠実に再現されたリングとなって手元に届くという、これまでになり体験を届けるために、3Dプリンタはなくてはならない存在なのです。
●オーダーメイドジュエリーとの良すぎる相性
「EncodeRing」は一部の店舗を除いては、基本的にネットで商品を販売しています。1本数万から数十万円もするリングをネットで販売するのは簡単なことではありません。
実際の店舗であれば、商品を手にとって確かめられますし、デザインが自分に合っているかどうか、指にフィットするかも実際に試着することで確認することができます。
ネットでは試着ができませんが、その問題を3Dプリンタが解決してくれています。
提携工場の様子。3Dプリンタがずらりと並ぶ。(クリックで拡大) |
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お客様がデザインを見たい、サイズがフィットするか試着したい、という場合には、導入した光造形の3Dプリンタで樹脂製のサンプルリングをプリントし、無料で提供しています。自分の声でデザインしたリングがどういう形なのか、実際に触って試すことができる。
サンプルの造形にかかる時間は約2時間。ネットで買うことの不安を解消するのに、大変な威力を発揮しています。3Dプリンタで最終的な製品を作ることができるわけではありませんが、ネットで販売することによるデメリットを解消する武器として、非常に重宝されるツールだと感じています。
きちんとした換気と設備を整えれば、店舗に設置して、お客様がコーヒーを飲んでる間にサンプルが完成し、実際に試着しながら接客、なんてこともできるかもしれません。
●加速するカスタマイズ
オーダーメイドの商品は注文を受けてから生産を開始するため、基本的に受注生産となります。3Dプリンタの精度と速度、そしてそれに伴うオペレーションが効率化されることで、受注からお届けまでのスパンが日々短縮されています。
ソフトウェア上で3Dデータが自動生成され、それが工場に送られる。送られたと同時に生産が開始され、翌日には完成し、発送できる。そうした未来が近くまで来ています。
Amazonが取得した特許の中に「トラックの中に3Dプリンタをおいて、配達しながら最終製品を作る」というものがありますが、このアイデアが良いかどうかはさておいて、受注生産の速度が上がり、カスタマイズ品が翌日受け取れるという世界はとても魅力的に思います。
●3Dデータ自動生成の重要性-petfigの失敗-
3Dプリンタで物を作るためには、3Dデータが必要です。写真からペットのフィギュアを作る「petfig」では、海外のモデラーさんに仕事を依頼し、手で3Dデータを作っていただいていました。
手で作業をするため、当然ながら時間がかかります。お客様が納得するクオリティに仕上げるには、何度も何度も手直しをしなければなりません。完成までに時間がかかってしまうことや、かかった時間が料金に跳ね返るなどのことから、このサービスは十分な結果を生み出すことができませんでした。
この失敗から学んだことが、3Dデータを自動で生成することの重要さです。カスタマイズサービスを一般のお客様に提供する以上、UIは限りなくシンプルで、とにかく手軽ですぐに形になることが求められます。
作家さんの作品がどうしても欲しい、などの場合を除いては、3Dデータの自動生成は必要不可欠です。そうした反省から「EncodeRing」では3Dデータの生成から配送オペレーションまでの全自動化を進めています。
録音するとその場で3Dデータを生成する。(クリックで拡大) |
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実際に出力されたリングの原型。(クリックで拡大) |
●自動生成と「気持ちいい」のギャップ
3Dデータの自動生成には大きな問題が存在します。
その1つが、「画面で見てるのと実物、全然違く見えるんだけど問題」です。これは自動生成に限らず、すべての3Dデータを作成されている方が体験していることではないでしょうか。
画面の中だと可愛いのに、出力してみたらずんぐりで全然可愛くない、といった問題。こうしたギャップを埋めるためにはいろいろな工夫が求められます。
「EncodeRing」の事例をあげると、実際に出力するリングの3Dデータを、そのまま画面で表示すると、とても太く、不恰好な見た目になってしまうため、表示するリングと実際に出力する3Dデータとでは、パラメーターを変えて生成しています。
●完璧と完璧の間で
もう1つが、「自動生成して完璧に作ったのに、実際に使ったら全然気持ちよくない問題」です。
神戸の靴職人さんと飲んでいた時、話題に上がったのが、3Dスキャンして生成した3Dデータから、カスタマイズの革靴ができたらどうだろう? という話でした。
実際に話を聞いてみると、本当に履いていて気持ちいい革靴というのは、必ずしもその人の足の形にぴったり合っていればいいものではなく、それをベースに微細な調整をして初めて「気持ちいい」が生み出されるという、興味深い事実が見えてきました。
つまり、現実に存在している足、胸、顔、といった体の形から得られるデータと、実際に身につけて気持ちいいデザインにはギャップがあり、そのギャップを微調整する”ノウハウ”が必要だということが分かりました。
これがいわゆる職人の勘、と呼ばれるもので、経験に基づく感覚で、「この足ならこうした方がいい」という予測のもと、調整を加えながら仕上げることで、履き心地のよい作品が生まれるのです。
自動で3Dデータが生成できたり、3Dスキャナでデータが取得できたとしても、本当に気持ちいい製品を作るためには、そのギャップを埋める”知能”が必要であり、それがキーファクターとなるのです。
●真のマスカスタマイズを可能にする新たな頭脳
お客様ごとにカスタマイズされたものを大量に生産するという「マスカスタマイズ」の概念は、残念ながら今のところうまくいっていません。「EncodeRing」のように、お客様の想いによって形を変える、などのシンプルなカスタマイズを備えたサービスは刺さっていますが、そのもっと先にある、「お客様に真に最適なモノ」を提案するには至っていません。
これを実現するためには、あらたな頭脳が必要です。
先ほども述べたように、一般の消費者は自分が欲しいモノを知りませんので、何が作りたいかも分かりませんし、そもそも創ることに慣れていないので考えようとは思いません。
だからこそ今のところは、サービス提供者が「声で作ったら素敵ですよね?」「ペットのフィギュアどうです? 写真送ってみませんか?」など、サービスというテンプレを作ってリードしているのです。
●欲しいモノを察知するマシン
テンプレに沿ったカスタマイズは旧来型のカスタマイズであり、真のマスカスタマイズとは言えません。真のカスタマイズとは、自分が欲しいものをマシンが察知してデザインしてくれるということです。
Amazonで買い物をする時、購入履歴に基づいてオススメが表示されるように、過去の購入履歴や趣味嗜好を分析し、それらのデザインからお客様が好む形、色、質感をマシンが自動で生成してオススメしてくる未来がやってきます。
ニューラルネットワークを使用して3Dデータを自動で生成する研究が世界の大学で行われており、人の傾向から好みのモノを自動で生み出せるAIもそのうち開発されるでしょう。
そのサイトは自分だけにカスタマイズされており、AIが生み出した好みのデザインがずらりと並んでいる。商品をタップしてARで確認し、気に入れば注文。製造が開始されて翌日には手元に届く。
プレゼント選びという悩み事も、SNSを通じて相手の好みを取得することができれば、その人が喜ぶデザインをマシンが作ってくれるので、いろいろと迷った挙句とんでもないプレゼントをして幻滅されるといった惨事を回避することができますね。
●データとつながり無駄はゼロに
世の中にはさまざまなデータが転がっており、それを使ってサービス開発に活かすことができるようになっています。IoTの普及によって取得できるデータが増えれば、それを活用した新たなサービスも次々に生み出されていくことでしょう。
車に搭載されている部品の状況を知ることができれば、故障する時期を予測し、その予測に基づいて部品を製造しておくことができます。
これらのデータと3Dプリンタがつながることで、これまでの無駄を解消するようなサービスが出てくるのではないでしょうか。必要な時に必要なものが手に入る。「製造」がよりサービスの姿に近づいていくと思います。
●SaaS化する製造サービス
ソフトウェアの世界ではクラウドを活用したSaaS (Software as a Service) が主流となりつつありますが、3Dプリンタがネットワークにつながれば、 PaaS ( Print as a Service)という概念も登場するはずです。ネットワーク化されてクラウドにつながれた3Dプリンタと素材によって課金される仕組みです。
ShapewaysやDMM.makeといった3Dプリントサービスには、自分でデザインした3Dデータをアップしておいて、それが売れると3Dプリントして発送までしてくれる機能が提供されていますが、これはPaaSの原型と呼べるでしょう
(Shapewaysにアップしている動物リングは知らぬ間に2個売れてました)。
こうしたサービス提供者が外部のパートナーと提携し、データを連携することで、必要な時に必要なものを届けられる、無駄のないサービスが実現できると思っています。
●3Dプリンタが作る未来
自分のことをなんでも知っているバーチャルエージェントに彼女の誕生日に何をあげようかと相談すると、彼女好みのデザインを生成して提案してくれる。その中からよさそうなデザインを選んで購入すると、数日で手元に届き、大切な日を過ごすことができる…(鋳造などあるため、ギリギリのギリですが…妄想なので)。
3Dデータの自動生成ソフトウェア、欲しいモノを察知するAI、精度・速度ともに高度に進化した3Dプリンタ。それぞれが密につながりあい、連携することで、これまでにないto C向けのサービスが生み出されるようになるでしょう。
大量生産、大量消費に存在する数え切れない”無駄”を、3Dプリンタが浄化・効率化し、よりエモく、より素敵な未来へと私たちを導いてくれるはずです。
次回の執筆はSK本舗遅沢さんです。
(2019年3月15日更新) |