ポストデジタルアーティストの小林武人さんから紹介していただきました。誠にありがとうございます。「3Dプリンタに関係する業界のオピニオンリーダー」と呼んでいただけるような立場ではありませんが、プロダクション向けフルカラー3Dプリンタを使わせてもらって感じたことなどを拙文ではございますが、少し書かせていただこうと思います。
●3Dプリンタって何ですか?
今、私は大阪の印刷会社で平面印刷用のUVインクジェットプリンタやフルカラー3Dプリンタを使ってモノづくりをする仕事をさせていただいています。
フルカラー3Dプリンタは導入してちょうど2年が経ちました。導入前、3Dプリンタは未知の機械であり、3Dプリントは別世界の出来事だと思っていました。
3Dプリント事業を始めた時はサーフェスデータとソリッドデータの違いも理解できていませんでした。デジタル原型師という仕事がこの世に存在する事も、ぶっ刺しという言葉の意味も知りませんでした。知らないことだらけでした。3Dプリンタと一緒に購入したSTL編集ソフト、Materialise Magicsの講習で、「STLって何ですか?」と質問して恥ずかしかったことをよく覚えています。
何も分からないまま始めた「軍艦島」の造形。(クリックで拡大)
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●3Dプリントは立体印刷?
でも本気で取り組むと決めたフルカラー3Dプリント事業でしたので、自分でも驚くぐらい一生懸命に勉強しました。勉強するほど、出力を経験するほど「3Dプリント」が言葉通りの「立体印刷」だということが分かってきました。導入した3Dプリンタが印刷業界で馴れ親しんだインクジェット方式だったのが良かったんだと思います。
もしFDMや光造形など別の3Dプリント方式で事業を始めていたとしたら早々に挫折していたかもしれません。
無理と言われた軍艦島を力技で完成。(クリックで拡大)
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●3Dプリントの可能性
今は3Dプリントをしているというより、商業印刷の延長で「立体カラー印刷」をしている感覚です。金属3Dプリンタに代表されるように、どの種類の3Dプリントも「プリント工程以外の製造ノウハウ」のハードルが高く、異業種が簡単に参入できるものではないと思っていましたが「立体カラー印刷」なら印刷業界はカラーマネジメントのノウハウ部分で有利だとすら思えるようになってきました。
こんなふうに既存の技術(知識)が3Dプリンタに出会って「カラー印刷物が立体になる」という進化を経験すると、まだ3Dプリンタの導入が進んでいない業界でも人工知能やロボット技術との組み合わせで想像もできないようなカタチで3Dプリンタが活躍しそうに思えてきます。
●フルカラー3Dプリントの需要
よく「フルカラー3Dプリントはどの業界からの仕事が一番多いですか?」と聞かれるのですが、今は多種多様です。アニメキャラクターのフィギュアはもちろん、ペットフィギュア、トロフィー、地形図、ドラマの小道具、古民家模型、ボードゲームの駒、医療模型、アート作品、AR技術を活用した立体グッズなどいろいろあります。
日を追うごとにさまざまな分野で需要が増えているように思います。2019年、VRChatというソーシャルVRプラットフォームユーザー向けに、サーフェスデータを半自動でソリッドデータに変換してフルカラー3Dプリントする「それなり~の」というサービスを始めたこともあって、個人からの注文もいただけるようになってきました。個人が自分の3Dアバターを作ってフルカラー3Dプリントする…スゴい時代になりました。
「それなり〜の」のアバターフィギュア。(クリックで拡大) |
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●フルカラー3Dプリントの発色
発色については色にシビアなアニメ業界やおもちゃ業界の皆さんにも満足していただけているようです。でも1つだけ試作(色校正)をさせてもらっているものがあります。ペットフィギュアです。これは紙への印刷でも同じですが、本当の色を再現してもお客様の想い出の色である「記憶色」と違っていると喜んでいただけないからです。
印刷技術者が持っている色調補正スキルが力を発揮する場面なのですが、紙への印刷と違って造形する方向や角度によって発色が変わるので立体は難しいです。今、複数台の同じ型番のプリンタを稼働させていますが、個体差があるので発色を合わせるため、機体の保守や色調管理には平面印刷機以上に気を使っています。
●フルカラー3Dプリントの積層痕
インクジェット方式のフルカラー3Dプリントにも積層痕はあります。積層痕は悪者あつかいされることが多いですが、フルカラー3Dプリントの積層痕は温かみがあって私は好きです。
ツルツルの金型フィギュアにはない温かみを感じます。オフセット平面印刷にも網点の干渉で起きる「ロゼッタパターン」という積層痕に似た現象があります。
それを出さないようにできる高精細印刷というものに取り組んだことがあります。でも完成した印刷物はのっぺりとした冷たい感じの仕上がりで私は好きになれませんでした。
フルカラー3Dプリントはまだまだ認知度が低くて市場も限定的です。金型フィギュアの仕上がりと比較されてダメ出しされることもあります。でも近い将来、金型フィギュアの代替え品としてではなく、新しい造形ジャンルとして発色の良い樹脂フルカラー3Dプリントの市場は大きく広がっていくと思います。
世界中の印刷会社で当たり前のように高品質な「立体カラー印刷」が行われている、そんな未来になってほしいです。
夢の印刷機、フルカラー3Dプリンタ。(クリックで拡大) |
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●フルカラー3Dプリントに感謝
私が子供だった昭和時代、近所の駄菓子屋にはかき氷機がありました。削られた氷が少しずつ山型の美味しそうな立体になり、甘いシロップで色付けされます。3Dプリンタってかき氷機みたいです。うまくリタイアできたら駄菓子屋の爺さんになって3Dプリンタで子供たちと遊ぶのも楽しそうです。
白黒の製版カメラ操作から始まった印刷屋人生ですが、年を経てフルカラー3Dプリンタ(立体カラー印刷機)という夢のような素晴らしい機械に出会えたことに心から感謝しています。
次回の執筆は吉本大輝さんです。
(2019年12月9日更新) |