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3Dプリンタの明日を妄想する

本コラムでは3Dプリンタに関係する業界のオピニオンリーダーに、3Dプリンタの現在、未来を語っていただく。明日は誰にも分からない。だからこそ、夢や妄想が明日を創る原動力になる。毎回、次の著者をご指名していただくリレーコラムなので、さまざまな視点での3Dプリンタの妄想をお楽しみください。

 

 
 

Imagination for 3D Printer

第25
3Dプリンタ、一家に1台の時代を妄想して…

今、必要なこと

吉本大輝/造形師、デザイナー

京都造形芸術大学油画卒。ホビーメーカー所属後、独立し合同会社吉本アートファクトリーを設立。ファインアートで培った描写力でアメコミ原型からメカ、美少女までさまざまな商業原型に携わる。ミマキエンジニアリングのフルカラー3Dプリンタ「3DUJ-553」での造形表現に力を入れている。
https://twitter.com/y_a_f1226


 


●3Dプリンタ、普及の課題を過去から学ぶ


最近メディアでAIという言葉を聞くのがすっかり当たり前になりました。AIが私たちの身の周りのさまざまな問題を解決し、将来AIによってなくなる職業が話題になったりしています。

万能のテクノロジーで夢のような世界を期待させてくれますが、実際にはAIにできることとできないことがあり、解決したい問題に即した学習データを、人が正しく設計しなければ期待する結果は得られません。決して万能の人工知能ではないのです。

少し時代を振り返ると、パソコンが普及し始めた頃と状況が重なります。パソコンがあれば仕事や生活などすべてがボタン1つで簡単にできてしまう夢のような時代が来ると思われていました。しかし実際には利用できるソフトが少なく、当初はワープロと簡単なゲームぐらいしかありませんでした。

その後、パソコンでプログラミングをする一部の先駆者が、便利なソフトを開発し、それに興味を持った若い人たちがプログラマーと言う職業を目指すようになり、そのプログラマーがあらゆるジャンルのソフトを開発するようになったことでパソコンが爆発的に普及しました。さらに宅配便などの流通と融合したことで、まさにボタン1つで商品が届くなど、当時夢に見ていた世界が実現し、今では生活に欠かせないツールの1つになっています。

そして今、実は3Dプリンタもパソコンと同じような状況に立たされているのではないかと私は感じています。高精度でさまざまな出力方式の3Dプリンタが開発され、金属やプラスチックなどいろいろな素材で出力でき、データさえあれば離れた場所でも何でも自由に作ることができる、そんな夢のようなモノづくりの大革命と言われるようになってきました。

確かに3Dプリンタは画期的なキーデバイスではありますが、しかしどんなに高性能の3Dプリンタでも、勝手にモノを作ってくれるわけではありません。そこにはデザイナーや3Dモデラーの力が必要になります。

パソコンが登場してから生活に浸透するようになるまで歴史を振り返ってみたとき、これから3Dプリンタの市場を拡大させ、パソコンのように家庭レベルにまで普及させるには2つの課題があると私は考えています。


筆者の作品から。「葛飾北斎 八方睨み鳳凰図3D」(2018年) 45×45×35cm。(クリックで拡大)



●課題(1):3Dデータの流通


1つは「3Dデータの流通」です。

生活の中で3Dデータが当たり前のように利用されている状況をイメージしてみてください。例えばコップを落として壊してしまったとき、3Dデータを注文して家の3Dプリンタのスタートボタンを押せばコップができてしまうような感じです。

出力費や時間や素材など解決しなければならない課題はまだありますが、私が感じている一番の課題は100均で綺麗なガラスのコップが買えてしまう時代にわざわざそこまでの手間をかける人がいるのかということです。

クオリティの同じものが作れたとしても、私もおそらく100均に買いに行く人になってしまうと思います。現に私は3Dプリンタを持っていますが、お金を払えば手に入るものはお店やネットで買ってしまいます。

では、どこで3Dプリンタの価値を見出せることができるかというと、私はデザインなどの付加価値だと思っています。例えば、日本ではなかなか手に入れることのできない海外の作家のコップの3Dデータが販売され、3Dプリンタで作ることができたり、今まで手作業では作ることのできなかった複雑な構造のコップを作ることができるなどです。同じものを作って既存のものに対抗するのではなくデザインなどのプラスαを乗せることが3Dプリンタの価値につながると考えています。

またプラスαには時間の要素もあります。例えばTVドラマで主人公が部屋に飾っていた置物を欲しいと思ったとき、そのデータを購入して、実物をすぐに手に入れられるというのも3Dプリンタならではの付加価値になります。

Amazonや楽天で必要なものや欲しいものを簡単に探して購入ができるのと同じように、このような生活スタイルを実現するためには、著作権の保護を含めた付加価値のある3Dデータの流通が不可欠だと思います。


筆者の作品から。「Dying Bull」(2017年) 50×50×30cm。(クリックで拡大)


(クリックで拡大)

●課題(2):3D教育

もう1つは「3D教育」です。

パソコンが普及するためにはプログラマーの登場を待たなければならなかったのと同じように、3Dプリンタの普及には3Dモデラー人口を増やす必要があります。さらに、本当に生活の中で3Dデータが利用されるようになるためには、単にモデリングのテクニックだけではなく、デザインや設計技術、品質など関連するさまざまな知識や技術が必要になってきます。

そこでこれから力を入れなければならないのが「3D教育」です。例えば、モデリングから3D出力までを学校の授業で学べればよいのですが、プログラミングがようやく授業に導入されるようになった現状を考えると、「3D教育」を学校教育に任せるという形は今のところ期待できそうにありません。

裾野を広げるには相応の時間がかかりますが、今の段階ではいわゆる先駆者たちを育てる枠組みが必要だと思います。そこで私は、3Dモデリングから出力までを学ぶことができる駆け込み寺のような教室やコミュニティを作りたいと考えています。

私がこの世界に入るときにとても苦労した経験がありますので、自分自身が3Dを勉強し始めた時に、こんな場所があれば行きたかったと思えるような3D初心者向けの教育システムを作りたいと思っています。


筆者の作品から。「Sperm whale」(2019年) 15×45×15cm。(クリックで拡大)

(クリックで拡大)

●経験したから思うこと

3D出力もモデリングも一度経験してしまえばそれほど難しいことではありませんが、情報が少なく初心者が経験を積めることのできる場所がほとんどないため、よほどモチベーションを持っているような人でなければ、習得のハードルが高いのが現状です。

実際、私も学生の時にZBrushを買ってモデリングを始めたのですが、最初は自分のデータが本当に出力できるのか、出力するにしてもどこに頼んだらよいのか、そもそも出力する値段はどれくらいなのかなど、分からないことだらけで試行錯誤を繰り返しました。

しかし一度経験さえしてしまえば「ああ、意外と大雑把なデータでも出力できるんだ」とか「ここをもっとこういう形状にした方が出力しやすくなりそうだな」と最初に想像していたよりも意外と簡単で、ある時を境に漠然としていた3Dモデリングの視界が開けて、やりたいことが次々と湧き上がってきたことをはっきりと覚えています。「3D=難しい」という最初のイメージを取り払えればこの業界にもさらに人が増え、まだまだ眠っている3Dプリンタの新しい使い方も生まれるかもしれません。そして3Dデータの流通も活発になり、市場もどんどん大きくなるのではないでしょうか。

これが実現した先には、パソコンと同じように、一家に1台の3Dプリンタがあり、生活スタイルも今とは大きく変わっているかもしれません。クリエイターにとっては、今よりもっと面白いものづくりの時代が来るのではないかなと思います。

私もこのような世界を妄想して、少しずつ実現に向けた活動を進めています。また機会があればご紹介していきます。



次回の執筆は加茂恵美子さんです。
(2020
年1月16日更新)

 

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