●3Dプリンタ黎明期(個人的な)
私はプロダクトデザイナーという職業柄、昔から自分のデザインした製品を世に出したいという願望がありました。それは仕事として企業の製品を作るのではなく、自らがメーカーとなり、創造した製品をお客様に買ってもらいたいという願望でした。
しかし悲しいかな量産品を作る手立てがありません。モノ作りにはさまざまな手法や機材があります。射出成型機や真空成型、CNC切削機、旋盤などでモノを作る方法は知っていましたが、一個人として何か製品を作りたいと思っても、業務用の数千万円もする工作機械は買えるはずもなく、また大量のロットも発注することができません。ネットで少数生産をしてくれる工場を探し、1つ数万円を掛けて作るしか方法が見当たらない。しかしこれはほぼ一点ものの試作品であり、自分の製品と言えるものではありませんでした。
そんな中、2012年~2013年頃、レーザーカッターの存在を知り、世界が変わり始めます。アクリル板を切り出し、装飾されたボルトを組み合わせ、当時急激に普及し始めたスマートフォンのスタンドを製作しました。デザイン的にも今でもお気に入りのプロダクトが完成しました。それでもまだ平面(2D)の板を組み合わせるだけでは満足できず、もっと立体的なモノを作りたいという欲求に駆られます。
レーザーカッターで製作したアクリルスマホスタンド。(クリックで拡大)
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そして時を同じくして皆さんご存じの3Dプリンタブームがやってきます。業務用ではない、約30万円から買えるその箱の存在を知った時、それはそれは驚きました。本当に驚愕の出来事でした。自分人生の出来事ベストテン入り間違いなしです。
だってその機械があったら昔からの願望が叶い、晴れて自分がメーカーになれるんだと本気で思いましたから(このコラムをお読みの方ならご存知の通り、そんなに甘い物ではないんですが…)。またプロダクトデザインはCADで3Dデータ製作するため、作った3Dデータがそのまま出力できるという親和性の高さも拍車を掛けました。そうです、私も3Dプリンタというビッグウェーブに飲み込まれた1人だったんですね。
●そして3Dプリンタに嵌る
買うと決めたらすぐにリサーチ。ネットで調べまくって選んだのがGenkeiのATOMでした。いわゆるRepRapプリンタです。
当時は個人事業主であまり資金的な余裕もなかったための選択でしたが、自分で組み立て、自分で調整、ファームウェアの書き込みなど、一通りのことを学んだ知識は今も確実に役立っています。
プリントサイズ140x140x120h/mmの本当にコンパクトで可愛い奴。自分の手で組み立てたその箱から自分が創造した製品が生み出される様は本当に世界が変わるんじゃないかと思いました(大袈裟ではなく)。
初めて購入した3DプリンタはGenkeiの「ATOM」。(クリックで拡大)
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それからは3Dプリンタの種類も増え、公私とも出力三昧の日々が続きました。仕事ではそれまでは試作案件においては試作屋さんに丸投げしていたのを自分の3Dプリンタで出力し、売り上げとしました。
なんといっても早い(仕事机の後ろで休みなく働いてくれます)。そして、試作を作ったその場で問題などがあれば分かるので、お客様に出す前に問題を回避することができました。
プライベートでは念願の自分のブランドを作り、スマホスタンドなどを作り実際に販売もしました。売り上げは微々たるものでしたが、試行錯誤して作っている時が一番幸せだったのだと思います。そしてその時に3Dプリンタの情報収集のためネットで見つけたのがO3D(大阪3Dプリンタビジネス研究会)でした。
●O3D(大阪3Dプリンタビジネス研究会)
東京ではなく、大阪で? と半信半疑で即参加申し込みを終え、当時は毎月開かれていた会に参加しました(今でも年に数回開催されています)。そこに集う猛者はこのコラムにも登場されている織田さんをはじめたくさんの変態の方々(褒めています)ばかりでした。
新しいフィラメントの情報や、どの3Dプリンタの性能が一番いいのか? を忖度なしで真剣にテストしたりと、ディープで楽しい会でした。会の後に開催される懇親会(という名の宴会)も楽しみの1つでした。
O3Dが主催して開かれた「メイカーズバザール大阪」もまた大きく盛り上がりました。私はその中でもずっと3Dプリンタを使って商品を販売し続けました。
お客さんは子供さんが多かったので「自分の書いた絵が3DプリンタでLEDランプになる」といった商品を作りました。これは子供たちが描いたイラストをその場でスマホで読み取り、データ化し、高低差をつけたデータにしてプリントし、100円均一のランプに組み込むと薄い部分が透けて光るというもので(リトフェインと言います)、子供たちには大うけでした。
リトフェインLEDランプ。(クリックで拡大)
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そのO3Dで知り合った会社に今現在在籍していることを思えば「3Dプリンタが人生を変えた」と言っても過言ではないです。
今まで3Dプリンタで創作したプロダクトに話しを戻しましょう。
●これまで3Dプリンタで作ったプロダクト
今まで創作した中では「カラクリキーフック(家)」が一番のお気に入りです。白色の家の形をした物で、これはSLS(粉末焼結積層造形)出力機で出力しています。
この作品の大きな特徴は、このプロダクトは出力した状態から一切手を加えず(組み立て不要で)完成するというところです。何を言っているのか分からないかもしれませんが、本当なんです。
家、煙、フック、バネ、リンクがすべてデータ上で配置されていて、出力と同時にでき上がるのです。これこそが3Dプリンタでしか作ることのできない製品と言えると思います。
素材であるナイロンの特性を利用し、中のバネ(もちろん一体での設計です)、鍵を掛けた時の重みでバネが下がり、リンク機構で窓が開き煙突から煙が上がります。帰宅すること(鍵を置くこと)で窓が開き、ご飯の支度のために煙が上がるというノスタルジックなストーリーのある製品です。今はまだナイロン出力機での出力は現実的な販売価格にはなりませんが、出力のコストが下がればきっとこの製品が世に広まると信じています。
・カラクリキーフック(家)
カラクリキーフック(家)。(クリックで拡大)
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カラクリキーフック(家)、カギを下げていない状態。窓は閉まり煙も出ていない。(クリックで拡大)
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カラクリキーフック(家)の内部構造。(クリックで拡大)
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・カラビナキーフック(歯車)
FDMで製造できる、安価でしかも楽しいキーフック。こちらもカギを掛けた重みでギヤが回転し、旗が上がる仕組みです。カラクリキーフック(家)とは違い、組み立てが必要ですが、3Dプリンタの出力物だけで可動を可能にしています。
カラビナキーフック(歯車)。(クリックで拡大)
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・OnePath LEDペンダントライト
こちらもSLS出力機で出力した製品です。花の模様のようですが、このラインはすべて一筆書きで描ける線で構成されています。ナイロン製なので靭性があり、実用可能です。
・PET BOTTLE LEDペンダントランプ
こちらもSLS出力機で出力した製品です。500mlのペットボトルを再利用したランプ。気分が変わればペットボトルを取り換えて違うデザインにすることができます。
OnePath LEDペンダントライト。(クリックで拡大)
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PET BOTTLE LEDペンダントランプ。(クリックで拡大)
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・スプールスタンド
3Dプリンタで使われるスプールを載せるためのスタンドです。スプールの幅に合わせてサイズを調整することができます。今まで作った製品の中で一番売れた製品です。
スプールスタンド。(クリックで拡大)
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スプールスタンド。(クリックで拡大)
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・知恵の輪キーフック
最近は原点回帰で、FDMプリンタで小物を作っています。カラビナ型キーホルダーで、これも特に部品を使わなくとも作れる製品です。迷路のような部分にリングを通すことで、一旦嵌めると容易に外れなくなり、キーフックとしての機能を果たしています。
・トロッコ(模型)
自分で組み立てるトロッコ列車。子供に人気がありました。他にもまだまだたくさん作っているのですが、キリがないのでこの辺りにしておきます。
知恵の輪キーフック。(クリックで拡大)
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トロッコ(模型)。(クリックで拡大)
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●3Dプリンタの妄想
例えばカラクリキーフックや知恵の輪キーフックのような、組み立て不要なプロダクトであれば、出力機さえあれば、データをネット送ればその場で製品ができてしまいます。
これは実はとんでもないことで、今までのように工場で製品を作り、それを各地に送るのではなく(お金も時間も環境への負荷も大きいです)、出力機が世界各地のコンビニにあれば、あとはデータを用意するだけでモノを運ぶことなく世界中どこででも何時でも製品を作る(受け取る)ことが可能になるのです。
どこでもドアのようにさすがに人は行き来はできませんが、モノならば可能な、本当の意味でドラえもんの世界になると思うのです。まだそう言った世界は訪れていませんが、近い将来いつかきっとそういう時代が必ず来ると信じて今日もお仕事を頑張ります。
(2020年7月14日更新)
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