はじめまして。造形や映像作品のデジタルマケット(Maquette:ひな形・検討のための試作)などの仕事を請けつつ、大学ではCGを教えたりしています。個人用の3Dプリンタを手元に置くようになってから6~7年といったところ。仕事としては2009年に『CGWORLD』という月刊誌で業務用3Dプリンタのレビュー記事を寄稿したのが初めての関わりで、調べてみたら12年前でした。現在とその頃とでは状況がずいぶん変わったなと感慨深いです。自分ではコンシューマー機しか使ったことがないエンドユーザーで、これまでは動物の骨格レプリカ、昆虫の模型、フィギュアやグッズの制作などに使用してきました。今回はその範囲でできるお話をしたいと思います。
●動物の手の骨のレプリカ制作について
はじめて自由に使える3Dプリンタを手に入れたのは2015年です。とある研究助成が採択され、博物館との共同研究をすることになり「Zortrax M200」を2台、後に「Form 2」を導入しました。その直後に個人制作用にもう1台「Form 2」を購入しています。
まずは動物園の資料館から借りたタヌキの頭骨からフォトグラメトリーで3Dデータを取得し、データをクリンナップした後に3Dプリント。自分が手の届く範囲の技術でどの程度のものができるか試すところから始めました。フォトグラメトリーは今ほど一般に知られておらず、事例も少ないので半信半疑でテストを始めましたが、思いのほか良い結果が出て気を良くしました。
そこで、次は少し難易度の高いものをいうことで、仲の良い動物園資料館の人と相談しながら題材を探し、組み立てされずバラバラに保管されていたゴリラの手の骨から、交連骨格標本(針金などを使って組み立てた骨格標本)の作製にチャレンジしました。
手の骨というのはたくさんの小さな骨からなっており、ゴリラの場合、人間と同じく片手では27個あります。手のつけ根の骨は手根骨といってサイコロくらいの大きさの複雑なカタチの骨がパズルのように組み合わさって構成されています。実物の骨を組み立てたことがある人なら必ず分かりますが、骨と骨がぴったり組み合う瞬間には一種の快感があり、ピタッという音が聞こえてくるような気さえします。骨の知識がなくても、この面とこの面が関節していると断言できてしまうほど疑いなくフィットする感じがあります。
残念ながら、フォトグラメトリーと3Dプリンタでの出力を経てしまうと、見た目はそっくりだとしてもこうしたぴったり感はほぼ消えてしまいます。辛うじて、このパーツとこのパーツの面は合いそうだけど、いまいち確信が持てないな…という曖昧な感じ。
また、骨は決して均質ではなく、場所によって素材感や硬さ、手触りがずいぶん異なります。重さもけして均等ではなく、密度の違いによって軽い場所と重い場所にかなりの差があったりもします。組み立ての際には、そうした手に持ったときの感覚的な部分が頼りになるのですが、3D出力したものではそれがほとんど期待できません。
そんなわけで、組み立ての難易度が格段に上がってしまい、一旦本物の骨を組んで間違いないと確信が持てたところで、横に置いておいた出力模型を比べて組む、という方法をとりました。
来場者にパズルとして組み立ててもらう試みをしましたが、完成させられた人は研究者やそれに近い人などごくわずかでした。実物の骨であればもっと正解率は上がったでしょう。次の展開として、レプリカで組み立てを学べる模型の提案なども考えましたが、いまのところこうした問題を解決するには至らずにいます。
その後にさまざまな博物館や個人に協力していただき、出力する3Dプリンタや方式を変え、たくさん制作しました。STLで透明なレジンで出力して塗装をすると、ぱっと見、実物と見まごうほどの出来栄えになりました。ただ作ってはみたものの、レプリカの見た目をそっくりにするということにどれだけの意義があるのか、レプリカは見た目の質感が本物そっくりという以外にいろいろな意図、用途があるはずであり、耐久性や展示方法を含めまだまだ考察の余地があると感じています。
展示イベントでの一幕。完成したゴリラの前肢交連骨格標本(レプリカ)と手を合わせる来場者。(クリックで拡大) |
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ニシローランドゴリラ前肢骨格標本(左側:実物)(右側:レプリカ)。(クリックで拡大)
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マレーバクの前肢交連骨格標本(レプリカ)。(クリックで拡大) |
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フォトグラメトリーによってポリゴン化した指の骨。(クリックで拡大)
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実物の骨と比べながら組み立てている様子(ライオンの前肢)。(クリックで拡大) |
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●ツノゼミの制作について
次に紹介するのは「マルヨツコブツノゼミ」の模型製作についてです。これは、昆虫の研究者から展示模型の依頼を受けて制作をしました。基本的な制作工程は、一般的な一点もののフィギュア制作と変わりないと思います。ただ、あくまでも自然科学として正確さを第一義とする題材ですので、研究者に標本の解剖を依頼し、実体顕微鏡で徹底的に観察しながらZBrushでデータの作成を行いました。
この模型もZBrushとForm 2がなければけっして完成できなかったと思いますが、一番大変だったのは3D出力した後の仕上げや塗装、植毛でした。データ制作と出力は普段の仕事の延長なのでなんら問題なく、比較的短時間で終わってしまいますが、その後の仕上げまでとの作業の大変さの比率は1:9くらいでしょうか。
植毛のため、硬化したレジンに微細なピンバイスで穴をあけ続ける作業が1週間ほど続きました。子供がまだ幼く、寝た隙をついて毛を植え続けたのを覚えています。
この模型は、2017年8月に九州大学総合研究博物館で開催された「新種発見!昆虫冒険旅行」や、2018年~2021年に東京都国立科学博物館や大阪市立自然史博物館、名古屋市科学館などで開催された「特別展 昆虫」で展示され、多くの方に見ていただくくことができました。
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完成したマルヨツコブツノゼミの模型。左下ピンに固定されているのが実物標本。(クリックで拡大) |
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バラバラに解剖したマルヨツコブツノゼミの標本。実体顕微鏡で観察しながらZBrushで造形した。(クリックで拡大)
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完成したZBrushデータ。(クリックで拡大) |
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Form 2で3D出力してサポートを外した状態。透明レジンでプリントした。(クリックで拡大)
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塗装の状況。(クリックで拡大) |
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●カタチを作るということ
ここまでは3Dプリンタを活用した制作事例を紹介しましたが、次は少し話を変えて、こういったことを始めた動機や今後の展望、関わり方などについて書きたいと思います。
現在、大学でCGを教えたりデジタルマケットの仕事を請け負ったり、3Dプリンタを使った制作もしているせいか、デジタル至上主義の人と思われることが多いです。しかし、もともとはアナログ造形の出身です。
最初に美術系の道に進みたいと思ったきっかけは、「スター・ウォーズ」や「エイリアン」「狼男アメリカン」など、70年代~90年代にかけてのCGが登場する以前のハリウッド映画でした。たまたま本屋で見つけた『シネフェックス』という映画の視覚効果を紹介する雑誌に登場するSFXマンのようになりたい。こんな工房で造形材料や道具にかこまれて過ごすことができたら幸せだろうなと思ったことが始まりです。
数少ないSFXの本や雑誌を頼りに見よう見まねでカタチを作り、シリコンや石膏で型取りしFRPやラテックスに置き換えてみる。ネガポジ反転した型を見てそれだけでカッコよさに気持ちが高揚したり…。材料は電話帳で調べた業者に片端から電話してやっと売ってくれるところを見つけ、自転車で遠征して買いに出かけたりしました。
どうしてそこまで情熱があったのだろうと今は不思議に思います。結局あこがれのSFXマンになることはできませんでしたが、デジタルの時代がやって来たおかげで、ゲームシネマティックスやアニメーション映画に登場する怪獣のデジタルマケット、美術作家とのコラボレーションによるフィギュアの制作販売などに関わることができ、少しだけ夢が叶いました。
作家とのコラボレーションによるフィギュアやグッズの一例。(クリックで拡大)
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Zortrax M200のテスト用にプリントアウトしたドラゴン。(クリックで拡大)
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3Dプリンタから話が逸れ始めましたので少し戻しましょう。振り返って考えてみれば、いろいろ寄り道をしながら一貫して自分を動かしてきたのは、初めてハリウッドの造型家に憧れたときに感じたような”手ごたえのある「カタチ」を作り出せる自分になりたい”という気持ちでした。
アナログ造形においてはもちろんですが、デジタル造形においても「カタチ」を作り出している時に脳内からある種の麻薬物質が出るような快感に近い喜びを感じることがあります。前半でお話ししたような、フォトグラメトリーでさまざまな興味深い形をデータ化する試みも、標本を集めたり模型を買ったりするように自分が面白いと感じたカタチを収集してじっくり観察し、自分の中に取り入れ吸収したいという欲望に他なりません。アナログ造形から始まり、これまで紆余曲折しながらもCG制作に移行していた自分にとって自分の中で結びつけることができなかった点と点をつなぐ存在、そんな3Dプリンタに行きつくのは当然の帰結なのかもしれません。
●3Dデータとの関わりや今後の展望
こうした経緯で図らずもデジタルとアナログを行ったり来たりするようになった現在、これから3Dプリンタとどのように関わっていくのだろうかということを考えることがあります。
まず、私は機械やエンジニアリング自体にはそれほど関心がありません。そもそも技術には疎いので、それらの発達に関与、貢献することも叶わないでしょう。美術系エンドユーザーの身勝手なもの言いではありますが、どんなに便利で手軽、ローコストな手法が開発されたとしても、要求するコストや表現の幅に鑑み、その時に必要な手法の中から手に入れられるベストな選択をするだけです。
今でも積層跡があればパテで処理するし、大きなものが必要ならば組み合わせて大きくする。失敗した部分は手で補う。素材も必要なものに置き換えれば良い。私が使っているZortrax M200やFotm 2はとても良く調整されており、最初は多少の苦労はあれど、ゼロから造形する大変さに比べればたいしたことではないように思います。手持ちの3Dプリンタではどうしても無理な造形ならば専門の業者に頼めば良い。すでに手の届く範囲のものでなんとかしている状態で、ちょっと乱暴ですが、極論するとあとは効率=コストの問題だけです。
3Dプリンタが造形をすること自体に感動したのもせいぜい最初の数回だけで、その後はあまり関心がなくなってしまいました(とはいっても、かなりの割合で依存していますし、寝ている間も働いてくれてありがとうという感謝の気持ちはあります)。将来的に超スピードで出力できるようになったり、造形表面の仕上げが不要となっても、その時点でユーザーの条件は皆同じ。要求される水準は上がる一方。便利さもすぐに当たり前になって、ありがたさを忘れてしまいそうです。
つきつめて考えると、自分に興味があるのは、アナログ、デジタルを問わず「カタチ」そのものを作ることをどれだけ楽しめるか。これまでお話ししたような「カタチ」を作り出す瞬間の喜びを、いかにストレスなく手に入れられるか、だと思います。できればそれを継続するために最低限は商業ベースで。
気合を入れてPCを立ち上げたり、新しいプラグインやツールを探したり、バージョンアップでUIの位置を覚え直したり、新機能で右往左往したり、そういったこともデジタルの楽しみ(苦しみ?)ではありますが、壊れにくく柔軟かつ軽量に進化したタブレットや一見眼鏡と見分けのつかないVRゴーグルとハンドジェスチャだけで数億ポリゴンにも相当するモデルをゴリゴリ扱うことができる。必要とあらばスキャンデータとプロシージャルモデリングの手法を自在に組み合わせて、手で作るのはとても不可能な形も作りたい。そんなデータ制作環境が到来することを夢見ます。
もちろん、そうなるとますます問われるのは使う人間の実力です。現在私が関わっているような、さまざまな人の利益や思惑が交差するデジタルマケットの場合、必要なのは空間認識能力やデッサン力、造形力はもちろんですが、それだけでは足りません。
なによりもクライアントの意図やプロジェクトの課題をくみ取って適切な解答を導き出す読解力が重要です。頭の中の引き出しにイメージを蓄積し、適当な場面でヒョイと取り出せるインデックスを整備しておくことも大切です。自分としては、機械やソフトの発達はその道が得意な人におまかせして、やがて到来するであろう未来の制作環境を楽しみながら対応できる自分を鍛え、整えておきたいと思う次第です。
次回の執筆は荻野慎諧さんです。
(2021年10月7日更新) |