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3Dプリンタの明日を妄想する

本コラムでは3Dプリンタに関係する業界のオピニオンリーダーに、3Dプリンタの現在、未来を語っていただく。明日は誰にも分からない。だからこそ、夢や妄想が明日を創る原動力になる。毎回、次の著者をご指名していただくリレーコラムなので、さまざまな視点での3Dプリンタの妄想をお楽しみください。

 

 
 

Imagination for 3D Printer

第40
恐竜などの古生物骨格を3Dプリンタで出力

荻野慎諧/古生物学者

荻野慎諧(おぎのしんかい):徳島県勝浦町の参与として、恐竜関係の地域振興を行う古生物学者。古い文献に残された不思議な生き物や怪異現象を、古生物学的視点から見直す「妖怪古生物学」活動も行う。3D CGによる古生物の骨格を制作し、全国の博物館などで展示活動をしている。

 



●古生物学者からみた3Dプリンタ

神戸芸術工科大学の吉田先生よりバトンいただきました、荻野慎諧と申します。絶滅した生き物を扱う古生物学者です。もともとは発見された化石の分類をしていましたが、いまは、江戸時代以前の文献に「妖怪」とか「怪異」として記載されているものから、化石記録や絶滅生物を見出す研究をしています。

ふだんは、自然科学者として地域づくりへ参画することを主な事業としていて、恐竜が発見された徳島県勝浦町に住み、恐竜をいかしたまちづくりに関わっています。

そんな化石の研究者である私は、2014年あたりからCGで制作した古生物骨格を3Dプリンタで出力し、展示や公表などに活用してきています(図1)。


図1:今年4月、徳島県勝浦町に着任してすぐに作り始めた勝浦産の小型獣脚類骨格。脛の骨が1本しか見つかっていないところから仮想的な獣脚類の骨格データを制作し、実物大でプリントアウト。少なくともどういう生き物だったかというところは分かる。(クリックで拡大)


●化石と復元

私の専門とする古生物学は、化石を研究する分野です。古生物学に携わる研究者も多様で、野山に分け入って地層を見つけ、化石を発掘するだけではなく、研究室で医療分野や工業分野などで利用されている機器を使って,絶滅した体の仕組みや動き方を研究している方もいます。最先端の技術の恩恵によって新たな研究分野が開拓されていくことも多々あります。

発掘される化石はほとんどの場合、欠けていたり部分的にしか見つからなかったり、不完全なものです。全身のパーツを1つも欠けることなく発掘できることは非常にまれなので、「全身」を復元するときに、ない部分を補う必要が出てきます。

CGスカルプト系のソフトはそれに有用で、研究の公表用途を目的に、3Dプリンタと出会う数年前から、私はCG骨格を作り始めていました(図2)。

図2:フリーソフトのSculptrisで制作。現在、絶滅種を中心に100種ほどの骨格データがある。。(クリックで拡大)


2000年代くらいまでは、化石の発見報告で新聞紙面を賑わせるのにはけっこうハードルが高い時代でした。日本では特に、完全な保存状態で発見される化石は少なく、骨1つであっても大発見です。しかし、新聞社などを集めたプレスリリースをしても記者さんがよく分からないまま写真を撮って帰ってしまい、記事になっても紙面の片隅、しかも小さな白黒の写真で読者にとっても何だかよく分からない、というような公表状態が散見されました。

そんな中で、CGで全身骨格を復元し「この生物のこの部分です」というようなかたちで情報公開するようになると、カラーで一面に掲載されることが増えてきました。いまではプレスリリースに合わせて復元画やモデルが同時公開されるのも一般的になっているので、ネットニュースなどで皆さんがご覧になる機会も、格段に増えたかと思います(図3)。


図3:島根県隠岐で見つかったワニの背骨(中央下)の公表時の様子。等身大にプリントアウトしたCGデータ。発見部位を赤く塗っている。(クリックで拡大)


●CGデータ活用から3Dのプリントアウトへ

恐竜のサイズは大小さまざまですが、有名な恐竜は、私たちヒトのサイズよりずっと大きいものが多いです。ブラキオサウルスのような20メートルを超える恐竜だと、その仲間を1か所に何体も集めて比較する、といった鑑賞方法は、大規模な展示場であってもなかなか難しいです。

3D CGの強みは、それを仮想空間上でできることでした。とはいえ、画面で見られるだけでは伝えられる情報は限られています。そこで、手ごろなサイズで比較検討できるようなものが欲しいと、3Dプリンタの利用を思いつきます。私は2014年頃には「恐竜をいかしたまちづくり」の事業を実践し始めていて、イベント出張用にコンパクトな展示パッケージもあったらいいなと思っていました。1/10程度のサイズで骨格を出力できれば、車に乗せて持ち運びでき、取り回しがききそうです。

そういうわけで、3Dプリンタの展示会に何度か足を運び、2015年、「UP BOX+」を導入しました。当時としては印刷範囲が広かったのが決め手でした。それから少しずつ骨をプリントアウトし続け、針金や真鍮パイプを通して骨格を組み立てていきました。恐竜の骨は300個くらいあり、1メートルくらいの大きさだと、1体分のプリントアウトに昼夜通して1週間ほどかかります(図4、5、6)。


図4:今年の夏、徳島県勝浦町での3D骨格展。小さな展示室で元来巨大な恐竜の比較ができる環境を整えた。(クリックで拡大)

図5:2020年、2021年の夏季、山梨県北杜市にある平山郁夫シルクロード美術館にて3D骨格展を開催。(クリックで拡大)


図6:2020年、2021年の夏季、山梨県北杜市にある平山郁夫シルクロード美術館にて3D骨格展を開催。(クリックで拡大)


●標本に触れたいという要望

プリントアウトすることに慣れてくると、さらに大きなものも作る意欲が出てきます。実物大の頭骨を、分割して制作するようにもなります(図7)。


図7:フクイサウルスの頭骨。データは福井県立恐竜博物館からいただき、福井県勝山市のジオパーク事業で利用するために出力。フィラメントの色で分割線が分かる。(クリックで拡大)


博物館に行っても、貴重な化石標本に直接触れる機会は、なかなかありません。化石は岩石でもあるため、とても重たく、落とせば壊れます。唯一無二で代替品がないので、扱いは非常に慎重にならざるを得ません。

一方で形態をそのままトレースしたレプリカは、明確に代替品ではありますが、元の標本と、多くの情報を共有しています。これを直接手にして間近に眺める経験は、古生物への関心に限らず、おそらく現生の生物学や、あるいはアートをはじめとした異分野にも大きな影響を与えるのではと思います。

3Dプリンタで出力したABSの標本に、FRPを塗布するとある程度の強度が得られますので、それをハンズオン標本として触れることもできるようにしてみました(図8)。



図8:イベントなどでお客さまに直接触れてもらっています。(クリックで拡大)



●技術的なニーズ

大きな恐竜の展示物も3D化の波が来ています。2021年10月末にオープンした、長崎市恐竜博物館のティラノサウルス骨格は、3Dプリンタで出力したものであることが話題になりました。
https://nd-museum.jp/

骨格の場合、もっとも大きい骨は頭骨か腰の骨です。骨を1つひとつ印刷して組み立てれば、プリンタ設備の規模に比して最終制作物が非常に大きいものになります。また、一般に精度的なハードルになりやすい積層痕は、むしろ骨にとっては味付けにも見えるため、表面処理にそれほど神経質にならなくてよいのは相性が良い点です。

日本各地で見つかる大型化石の復元に3Dプリンタが活用されるようになると、印刷スピードやステージの大きさが重視されるようになりそうです。XYZそれぞれ60cmの印刷範囲があれば、大概の恐竜は作りやすくなるので、次の導入を検討する際にはそのあたりを判断材料の1つと考えています。 一方で、始祖鳥のような、鳩くらいのサイズの種だと、高精細なプリンタの恩恵を受けます(図9)。



図9:始祖鳥の全身復元骨格。着彩ののち、現在は国立科学博物館の巡回展「ポケモン化石博物館」で全国を回っている。Form2で出力。(クリックで拡大)



大型の恐竜だけでなく、卵からかえったばかりの雛や、小さな哺乳類の祖先などをつくるのにも高精細のプリンタが活躍します。

「群れ」の再現も3Dプリンタが得意とする分野です。予算が限られた博物館などで、同じ種類の標本ばかりいくつも購入することは、偉いヒトが許してくれません。群れで生活していた生物の再現ができる環境も、3Dプリンタによって叶えられる方向性の1つと言えます。

●今後の古生物学と3Dプリンタ


3Dプリンタで出力された骨格は実物の化石や石膏模型に比べると格段に軽いため、展示しやすく、大胆なポーズも作りやすいという利点があります。3Dスキャン技術も向上していっているので、今後は展示の主流となっていくでしょう。各国の自然史博物館などでは、3Dデータ公開が一般化してきています。権利関係をクリアすれば研究成果を公表する手段がより身近になっていけるわけで、私としては、おおむね歓迎できる流れと言えます。

また、化石の分野は大きいものだけではなく、顕微鏡でしか見られない小さなものもあります。これについては何百倍にして手にとって見られるようになる、というような手段として、3Dプリンタによる実体化は非常に有用といえます。

こういった古生物学的なニーズは今後も一定数あるとは思うので、私のように「恐竜をいかしたまちづくり」をしている立場としては、工房のような施設があればいいなあと思っています。そしてその先、科学普及をしていくうえでは、身近に標本があふれている環境が望ましいので、例えば廃校の体育館とか、広い空間があれば、そこにどんどんモノを作って並べられるなあとも思います。

ただ、化石の場合、「希少性」も魅力の1つで、この魅力と、「各地にあって、どこでも誰でもアクセスできる」学習機会の観点からみた魅力とが、トレードオフ関係にあります。前者を重視する向きも、もちろんありますが、私はどちらかというと科学普及を重視し、後者を優先させていきたいと考えている立場です。四国の山奥にいると、東京で開催される恐竜展に行きたくても行けない子どもが数多くいます。子どもの好奇心に地方差はありませんが、住環境によって好奇心の対象へのアクセスに、明確な差があるのが現状です。

これを少しでも解消できるようにするのが「恐竜をいかしたまちづくり」をしている私の仕事だと思っていて、たとえばそれは3Dプリンタをはじめとした技術の利活用の先にあるものなのだと認識しています。住んでいる地域によって生まれる、学習機会の差は、さまざまな技術によって縮められるだろうと思いますので、私としては、業界のさらなる発展を期待する次第です。




次回の執筆は戸田かえでさんです。
(2021
年11月9日更新)

 

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