●緒言
今現在の3Dプリンタの一般的なイメージとして、FDM(Fused Deposition Modeling:熱溶解積層)方式は主に個人所有のホビー用途、光造形方式は種類によって家庭用と工業用を兼ね、その中でもSLS(Selective Laser Sintering:レーザー焼結)方式は主に工業用、その他として速乾性コンクリートを使った建築用といったところだと思います。
FDM方式はホビー用途として、高精度化、高速化、低価格化を追求するだけというのは少し悲しいので、一研究者としてFDM方式、ひいてはフィラメント方式の未来について考えてみようと思います。
●押し出し方式独自の特性を考えてみよう
フィラメントを用いた押し出し式3Dプリンタの大きな特徴の一つ、それは印刷時の粉塵の少なさであると言えます。そもそも出力時において粉塵が出にくいということは3Dプリンタ共通の特性であり、既存の切削加工機に対するアドバンテージの1つです。
その中でも特にフィラメント方式は、未硬化のレジンや粉末が飛び散るといったリスクを持つ他の方式に比べて出力時の安定性が高いと言えます。これは本体の向きが出力結果に影響しにくいという特性を与えます。つまるところFDM式の3Dプリンタは、無重力はおろか上下逆さにしても出力が可能であるということです。
上下逆さにした時にレジンがこぼれる光造形式プリンタと正常に出力するFDM方式プリンタのイメージ。(クリックで拡大) |
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もう1つはインフィル特性だと考えます。レジンを用いた光造形や粉末焼結のSLS式が出力物の内側を中空にした場合、未硬化の部材で満たされてしまうのに対しFDM式は出力物を中空にできます。これはFDM方式を触ったことがある人間なら誰でも知っている、インフィルパターンを選ぶことができるという特性をFDM方式に与えます。これは、出力物の異方性をコントロールしやすいということです。
CURA上で設定されたインフィルパターン。(クリックで拡大) |
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●活用方法を考えよう
・無重力下で利用しよう
上記の通り、FDM方式のプリンタが重力による影響を受けにくいことに多くのエンジニアが気づき、すでにISS内部での出力の実績があります[1]。
ISSで実際に使用されている3Dプリンタは金属製のチャンバーを備えた厳重なものでしたが、NASAのさまざまな規定を無視すればその辺の家庭用FDMでも、宇宙である程度上手く動くと思います。
樹脂だけならそれでも良いですが、無重力下で金属部品を作りたいとなると少し厄介です。多くの金属プリンタが粉末焼結式であるということを考えるとそのまま使うことはできません。1つの解決方法としてはDED(指向性エネルギー堆積法:ノズルから金属粉を射出しつつレーザーで溶解し積層する方式)を使うことですが、これも粉末を使うというリスクがあります。
ESA(European Space Agency:欧州宇宙機関)はこれに対して面白い解決策を提案しました。FDM方式に極めて近い方式を取りフィラメントを金属ワイヤに置換するということです[2]。
現状においては精度の低下は否めませんが、粉末が拡散するリスクを低減するということにおいては大きなアドバンテージがあります。また、三菱電機は真空中で光硬化プリントをする方法を提案しています[3]。真空中でも拡散しない粘土の特殊な樹脂をろくろのように回るステージに出力することによって小さな出力機から大型の円盤を出力し、アンテナとして利用します。
低重力下3Dプリントにおけるさまざまな戦略。(a)ISSで稼働するMade In Space製3Dプリンタ[4]。(b)世界で初めてISSで稼働したMade In Spaceの3Dプリンタ[5]。(c)ESAの金属ワイヤ積層型金属プリンタの2013年時点でのデモ。(d)三菱電機の発表したアンテナを3Dプリントする人工衛星。(クリックで拡大) |
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・異方性を利用しよう
本稿を読んでいる方々なら、ほとんどの3Dプリンタの知識について今さら僕が語るまでもないと思いますが、バイオプリンタに関しては例外であると思います。
バイオプリンタについて一般的な理解がどこまで進んでいるかというと、ほぼゼロであると思います。某有名科学紹介ニュースサイトですらバイオプリンタに関しては頓珍漢な内容を語るほどです。基本的に触れる機会がまったくないので当然だと思います。
現在、商用としてある程度形になっているバイオプリンタの方式は大きく分けて2種類あります。バイオプリンタは大前提として主材となる高生体適合性ゲルを固める方法を取りますが、ゲルを固める方法として熱を用いるか光硬化を用いるかの2種類に分けられるということです[6]。これらの方法について共通して言えることは,出力されるのは任意の形の塊であるということです。ゲルの中に細胞を混合して出力した場合でも同じです。
これによって生じる問題とは、組織内部の異方性をまったく再現できないということです。異方性というのは内部構造に向きが存在するという意味で、つまるところ繊維や節などを指します。細胞というのは増える状態と機能する状態ではまったく別の性質を示すため、このような異方性のない構造の中では滅茶苦茶な方向に成長し正常な組織にはならないのです。このため、現状のバイオプリンティングの臨床実験は皮膚や角膜、心筋、平滑筋などのシート状のものがほとんどです[7]。
この問題への解決手段は、FDM方式で蓄積されたインフィルパターンの設計ノウハウに隠されているのでは? と考えました。ほとんどの方法の3Dプリンタにおいて、出力物の異方性は積層痕に強く現れます。FDM方式の出力物をへし折るなどして破壊したことがある方ならノズルの移動方向にも異方性が生じていることを知っていると思います。これは骨格筋に必要な筋線維や神経線維などの繊維状が絶対に必要となるものへの応用ができるのでは…と思います。
バイオプリンタの現状と今後の発展。 (a)現状のバイオプリンタによって作製されるゲルの塊とそれによって形成される異方性のない組織のイメージ。 (b)押し出し式によって作製された内部構造に異方性を持つ組織のイメージ。(クリックで拡大) |
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●結言
昨今、光造形式が非常に早い速度で発展、低価格化しており、ホビー分野においてもかなりの割合を占めております。工業製品では金属プリンタが多用されつつあり、手軽さとあくまで樹脂出力において高強度を誇るFDMは数年前より少しだけ役割を失いっているのでは? と主観的には感じます。
手軽さとは言い換えれば仕組みのシンプルさであり、これらは日常生活とはまったく異なる環境においての応用性を示すため、極端に宇宙とバイオの可能性を考えてみました。
これまでこのリレーコラムを執筆されてきた方々がホビー面での応用に関してはかなり語られているので、趣向を変えてSFっぽい内容にしてみました。楽しんでいただければ幸いです。
※参考文献
[1] 2014, “8月国際宇宙ステーションへ旅立つ3Dプリンタ “, 3DP id.arts
[2] 2022, “宇宙空間で活躍する3Dプリンターが登場、ESAの 3Dプリンター戦略とは”, ShareLab NEWS
[3] 三菱電機株式会社, 2022, “宇宙空間において 3D プリンターで人工衛星アンテナを製造する技術を開発”, 開発 No.2207
[4] NASA's Marshall Space Flight Center, 2013, “3-D Printing in Zero Gravity”, YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=1Jwxn6EzW84
[5] T. Prater, et al., 2018, “Summary Report on Phase I and Phase II Results From the 3D Printing in Zero-G Technology Demonstration Mission. Volume II”, NASA/TP?2018?219855
[6] Cellink, https://www.cellink.com/jp/
[7] A. Isaacson et al., 2018, “First 3D printed human corneas”, Experimental Eye Research Volume 173, August 2018, Pages 188-193。
次回の執筆は山田るちこさんです。
(2022年8月17日更新) |