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3Dプリンタの明日を妄想する

本コラムでは3Dプリンタに関係する業界のオピニオンリーダーに、3Dプリンタの現在、未来を語っていただく。明日は誰にも分からない。だからこそ、夢や妄想が明日を創る原動力になる。毎回、次の著者をご指名していただくリレーコラムなので、さまざまな視点での3Dプリンタの妄想をお楽しみください。

 

 
 

Imagination for 3D Printer

第57
出力品ガレージキットのススメ

nun/3Dデザイナー

1992年生まれ。愛知県出身。大学在学中に版画、彫塑、アニメーション、フィギュアなど多岐にわたり学ぶ。大学卒業後、就職先でフィギュアのデジタル原型に出会い、2019年に「hitotonari」として3Dモデリングと3Dプリンタによる造形活動を開始。同年7月にワンダーフェスティバル2019sへガレージキットディーラーとして参加。2020年より3Dプリンタによるオリジナルの出力品ガレージキットの販売を開始。現在フリーランスとして活動中(お仕事募集中)。

 

●はじめに

今回は自分が常日頃から考えている「出力品ガレージキット)を販売する上での問題や心構え」「3Dプリンタのその先」などについてお話しようと思います。

ここ数年での3Dプリンタや、それらに対応したUVレジンの進化はめざましく、3Dプリンタによって出力されたものを製品として扱うユーザーが増えてきました。自分も2019年から3Dプリンタによって出力された製品(ガレージキット)を販売しています。

ここ2年で自分の中にノウハウが蓄積され、今では安定して3Dプリンタを使った作品を作りや販売ができるようになりました。活動のなかで生まれた問題やその向き合い方も書いていけたらと思います。

●低価格帯3Dプリンタの進化

ここ数年で低価格帯の3Dプリンタの高精細化が進み、ち密かつ正確な表現が容易になりました。以下の画像は私の直近の作品群で、ほぼすべてのパーツが3Dプリンタによって製作されています。10万円前後のプリンタレベルでもニット生地やレースの表現がボタン1つで容易に出力できるのが現代の技術です。

私が主に使用している3Dプリンタは8K解像度と呼ばれる精度の製品で、7,680x4,320ピクセルの解像度を持つLCDによって造形がコントロールされています。この解像度の精細化が進めば進むほど、出力される結果はより精度の高いものとなります。数年前までは2K、4Kなどが主流でしたが、ここ1年間は8Kの解像度を持つ3Dプリンタが主流となっています。


「Lisa」(2022年。230mm UVレジン/ラッカーペイント) 。(クリックで拡大)

「Aya」(2023年。220mm UVレジン/ラッカーペイント)。(クリックで拡大)


「Mika」(2023年。230mm UVレジン/ラッカーペイント)。(クリックで拡大)

●出力品ガレージキットとは?

出力品ガレージキット(以下、出力品)とは、3Dプリンタによって出力された製品です。一般的なガレージキットとは違い、シリコン複製やウレタン樹脂を使用せず、3Dプリンタで出力されたままのものを製品として扱うものを指します。

2018年、光造形(LCD方式)3DプリンタであるMIRACLPやAnycubic Photonのリリースを皮切りに、多く取り扱われるようになりました。使用される材料はUVレジンと呼ばれ、3Dプリンタに内蔵された光源によって一層あたり0.02~0.05mmの厚みで硬化され、少しずつ姿を現します。


実際に出力され、販売されている出力品の内容です 。(クリックで拡大)


●なぜ出力品を選んだのか?

ガレージキットを作成するうえで、従来であれば「パテやスカルピーや石粉粘土、または3Dデータを出力したものを用いて原型を作成、複製用のシリコン型を作成、ウレタン樹脂をシリコン型に流し込み複製」というものが一般的なワークフローでした。

私もフィギュア造形を始めた頃はシリコン型で複製したものを取り扱っていましたが、大雑把で我慢弱いわりに、やたらと神経質な自分の性分とウレタン樹脂のきつい臭いに身体がどうにも合わず途方に暮れていたところ、3Dプリンタの高性能化やレジンの品質の向上がタイミングよく転がり込んできて、コレだ! と言わんばかりに自分の制作、販売フローとして取り入れることになりました。

「ガレージキット」という製品の魅力や感動できるポイントというものは、全体の造形の精密さや力強く素晴らしい表現力だけではなく、パーツがバラバラであるが故に発生する、それぞれのパーツ単体で見た時の製品としての美しさや、「気泡がない」「パーティングラインがない」「パチピタ(勘合部分に隙間がなくスムーズに部品同士がくっつく)である」という部分にも宿ると考えています。自分の能力ではそれらが叶えられずにいましたが、3Dプリンタという機械が希望を叶えてくれるというのは、自分にとってこれ以上ない喜びでした。

シリコン複製と比べてしまうと1つのキットを作成するのに時間やお金のかかるものではありますが、自分のしたい表現を容易に叶えつつ、自らがこしらえたシリコンやウレタン樹脂から生成する複製品より圧倒的に綺麗で、より組み立てやすい製品を寝ている間や仕事中でも勝手に生成してくれる3Dプリンタを使用して作品を販売するという選択は、自分の人生にとっての大きな転換だったと感じています。
最近デジタル上での造形を始めた人にとっての3Dプリンタはあって当然のような機械だと思いますが、私にとっては夢のような機械でした。

現代に流通している出力品の多くは特性上、サポート痕、積層痕、ピクセル痕、造形歪みが発生してしまうことや、UVレジンの品質によっては瞬発的な衝撃への耐性がなく、落下で容易に破損してしまうなど、購入する上での懸念点が多いのが現状です。

しかし、これらの問題は技術の進歩によって少しずつですが解消されつつある傾向にあります。いい捉え方をすれば「出力品を通して技術の進歩をリアルタイムに体感できる面白さを兼ね備えている」ということになると私は思っています。

●出力品の問題

出力品の販売を選択するユーザーがじわじわと増える一方で、安全性に欠いた問題も存在しています。出力品の黎明期には内部を中空にした製品による「突然パーツが割れ、中から未硬化のUVレジンが漏れてきた」という問題が多く発生しました。

これは「中空内部のUVレジンを洗浄しなかったため」発生したもので、未だにこの問題は発生しています。趣味で作成した製品とはいえ購入者の安全を考慮することは製造者としては当然の義務であると私は考えています。UVレジンは未硬化状態では劇薬であり、お金を出して購入していただいたものが危険なものであることは、もっとも避けるべき行為です(これらの問題は、中空ではなく無垢で出力する、中空の場合は厚みや強度設計を考慮しつつ、徹底した内部洗浄を心がける、などで回避ができます)。

この問題によってトラウマ的に出力品を忌避しているユーザーも一定数も見受けられるので、自らの出力品販売を通して、どうにかしてこれらのトラウマを払拭できないかと、日々奮闘中です。

●3Dプリンタが抱える問題

長々と出力品についての考え方を書いてしまいましたが、ここかららは3Dプリンタそのものに対しての内容です。

日頃から触れる機会のない人にとっての3Dプリンタの第一印象は「魔法の箱」だと思われます。確かにボタン1つで無(厳密には無ではないですが)から有を生み出せるというのは魔法のように感じますが、とはいえ現実は厳しいもので、気軽に手に入る価格帯の3Dプリンタではビルドプレートからの脱落、サポートからの脱落(これらは印刷の死などと揶揄されます)、レジン切れ、サポート不足、勘合の歪みなど、それなりの問題が発生してしまうのが現実です。

材料であるレジンも決して安いものではなく、失敗してしまった出力物はそのままゴミ箱へ…と苦い経験をしたユーザーも少なくありません。こういった問題とどう向き合うべきなのか、どう回避したらよいのか? を書いていきます。

●問題は3Dプリンタのせいか?

3Dプリンタで発生する問題の多くは「ヒューマンエラー」の範疇であると私は思っています。例えば、サポートを立てるにあたって、スライサーソフトの「オートサポート機能」を利用していると「サポートが必要な部分であるにも関わらずサポートが生成されない」などの事象が発生する可能性があります。そして、このタイミングでサポート位置の確認を怠れば、ほぼ確実に成果物は意にそぐわないものとなってしまいます。

私も以前はソフトウェアを過信し、オートサポート機能でサポートを立てていましたが、サポート位置の確認を怠ったがために、出力結果が散々なものが多々発生し、自分の判断を何度も呪ったものです。


オートサポート機能で作成、赤丸部分は造形開始地点にサポートが必要だが生成されていない。その上、造形上不要な部分にも多くサポートが生成されている。(クリックで拡大)


●どのように対応していったのか

多くの出力品と向き合っていくうち、サポートをすべて手動で取り付けるように変わっていきました。オートサポート機能は確かに便利ですが、サポート不足が発生したり、意匠部分に大きく影響が出る位置にサポートを立ててしまったりと、ガレージキットの重要要素の1つである組み立てにあたって何かと手間が発生してしまうと気づいたのです。

「急がば回れ」ということわざがあるように、より良いものを限られた時間のなかで追求するのであれば、より時間をかけて物事に向き合い、着実に済ませていくことが重要だと、3Dプリンタやガレージキットを通して気づくことができました。

3Dプリンタは見た目や動きに反してかなり繊細な機械ですので、結局のところ「冷静に、焦らない、慎重になる」ことがなによりも大切だと感じています。

●安定した出力のために自分がしていること


出力品が失敗する=その分の材料費や時間が無駄になってしまう。という精神的にも金銭的にも大きなダメージをどう回避するか。前述した出力品と向き合うための心構えである「冷静に、焦らない、慎重になる」ももちろんとても大切ですが、それ以前にできることがあります。それには、ちょっとお金が必要になりますが、「FEPフィルムとUVレジンを品質の良いものに変える(ここでは製品名を出すのはマーケティングっぽいのであえて伏せます)」です。

3Dプリンタでの問題の多くは前述のサポート不足や照射不足もさることながら、FEPフィルムの剥離性能、UVレジン自体の剥離性に起因したものが多く存在します。3Dプリンタメーカーによってデフォルトで装着されているFEPフィルムにも高性能なものが増えてきていますが、サードパーティーの出している、より品質の良いFEPフィルムやUVレジンに変更するだけで、成功率がグっと上がることは頭の片隅に置いておいて損はないと思います。

これらのパーツの交換がもたらすものは、成功率の向上だけではなく、より少ないサポートでの出力や、積層痕の抑制、歪みの低減など、多くの恩恵があることも忘れてはなりません。



筆者が使用している製品、FEPフィルムとUVレジン、同一メーカーのものを使用しています。(クリックで拡大)


●3Dプリンタのその先

新しく造形を始める人たちの多くが製品の販売方式として出力品を選択し、ガレージキットという文化の中で出力品販売が定着しつつあります。

こうしてユーザーがどんどんと増えることでメーカーがより剥離性能の高いFEPフィルム、安全性や耐衝撃性を考慮したUVレジン、高精度かつ高速な3Dプリンタをリリースし、近い将来、複製業者さまに依頼したウレタン樹脂による複製品と同等品質、またはそれ以上の製品が、短時間かつボタン1つで生まれると私は信じています。3Dプリンタやそれらに付随する製品の機能向上は、間違いなく造形というフィールドに革命の風をどんどん吹き込んでくれることでしょう。楽しみで仕方ありません。



次回の執筆者はさいそうさんの予定です。
(2023
年6月8日更新)

 

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