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最新技術の鑑定術

本コラムでは、さまざまな最新テクノロジーがモノ作りや生活とどのように関わっていくのかを考察していきます。毎日のように出来立てのテクニカルタームが飛び交うビジネスシーンで、何が大切なのか? 皆さんが見極めていくヒントになれば幸いです。

 

 
  New Technology Judgment

第2回
コンピュータが設計の答えを
出してくれる時代・・・か?

水野 操

米・Embry-Riddle航空大学修士課程修了。1990年代初頭から、CAD/CAE/PLMの業界に携わり、大手PLMベンダーや外資系コンサルティング会社で製造業の支援に従事。2004年に独立し、独自製品開発の他、3Dデータ、3Dプリンタを活用した事業支援などを行っている。著書に、『AI時代に生き残る仕事の新ルール』(青春新書インテリジェンス)など。
http://www.nikoladesign.co.jp/

 

このコラムのタイトルは「最新技術の鑑定術」である。前回は「最先端技術との付き合い方」というトピックで、新しい技術との付き合い方を独断と偏見で述べてみた。プロローグのつもりで書いていたので、今回からは本編に入らなければなるまい。と、思ったのだが、鑑定するような内容を見つけるのが意外に難しい。

ない知恵をいろいろと絞ったところで、今回のトピックは「コンピュータが設計の答えを出してくれる時代・・・か?」としてみた。もう少し具体的に言うと「設計の最適化」だ。

●CAEの現在形

筆者がもっとも長く仕事をしてきた分野は「CAD」や「CAE」だ。CAEに関しては研究のために非線形構造解析のプログラムを書いたこともある。かつてCAEは、ソフトの価格も非常に高く、かつ使いこなすためにはそれなりの知識、スキルなども必要で「敷居が高い」という印象が強かった。とはいえ、設計の本来業務として、設計した製品が壊れないか、基準を超えるような変形をしないかなど工学的な検討をしなければならない。特に2次元図面が設計の中心であったころは、解析のためのモデルは設計業務とは別に、CAD設計者には馴染みのないユーザーインタフェースを持つソフトで作らなれければならかった。

だから、あとは簡略化したモデルによる手計算か、ベテラン設計者の経験が頼りで、設計の道具というには程遠かった。しかし、3D CADが設計の現場に普及し、さらにここ10年以降、3D CADに組み込まれた、あるいは強固に連携したCAEソフトが登場したことで、にわかに設計の道具としてのCAEが注目を集めている。とは言っても、昔からCAEを活用している企業は別にして、3D CADの普及を期にCAEの導入を考えている多くの現場では、どうやって設計プロセスの中に組み込んだらよいのか、どうやって人材育成をしていけばよいのか、今から検討するというのが現実であろう。

●トポロジー最適化と形状最適化

しかし、その一方でいつものことだがソフト会社の気は早い。その気が早い? 機能の1つが「トポロジー最適化」の機能である。トポロジー最適化とは、指定した空間の中で、想定される荷重条件や拘束条件を与えて、その中で最適と思われる材料分布(すなわちその物体の構造)を発見するための機能だ。したがって、人間が与える制約条件しだいでは、今までに人間が考えつかなかったような形状が生み出されることがある。ソリッドワークス、オートデスク、アルテアなどは、ここ数年このトポロジー最適化などの機能を自社のソフトの解析機能の一部として取り入れてきている。


図1:元形状。両端支持で板の上部中央から下向きに荷重をかける(OPTISHAPE-TS チュートリアル題材より)。(クリックで拡大)

図2:トポロジー最適化を実施した例。構造の強度上問題のない部分が肉抜きされているのが分かる(OPTISHAPE-TS チュートリアル題材より)。(クリックで拡大)

設計において使うことのできる最適化の機能には、この他にも「形状最適化」の機能がある。形状最適化の場合には、トポロジーそのものの変更はない。基本的には人間が設定した元の形状の境界を動かすので極端に形状が変わることはない。人間にとっても生み出される形状に驚きは、トポロジー最適化ほど強くない。


図3:形状最適化事例の元形状 トポロジー最適化の場合と同様な境界条件(OPTISHAPE-TS チュートリアル題材より)。(クリックで拡大)

図4:結果としてはトポロジー最適化と類似の結果になっているが、形状最適化ではパーツの表面が移動はしているが、トポロジー自体は変わっていないことが分かる。(クリックで拡大)


●3Dプリンタとトポロジー最適化の関係

トポロジー最適化の機能が注目されてきたのにはいくつか理由がある。その1つとして筆者が考えるのが、3Dプリンタの普及だ。従来(そして現在でも)、モノ作りのもっとも大きな制約条件の1つは、製造にまつわるものだ。その形では「削れない」とか「型抜きできない」など、さまざまな理由があって、それが理論上ベストだったとしても製造できないものを設計するわけにはいかない。

ところが、3Dプリンタの普及によって、この状況が変わってきた。3Dプリンタにもまったく製造面での制約条件がないわけではないが、他の加工方法と比較すると圧倒的に少ない。つまり、設計者やデザイナーが思い描いた形ができる可能性がより高くなっているのだ。ここにコンピュータに計算させた形状を取り入れたらどうだろうか。オートデスクは、「Future of Making Things」というコンセプトで最適化などを取り入れたモノ作りの未来像を発表している。

ところで、トポロジー最適化の機能は、主要ベンダーが積極的に取り入れ始めたことで一気に広がり始めた。最新テクノロジーのイメージがあるが実はそうではない。案外歴史のあるテクノロジーである。2012年頃に3Dプリンタブームが起きた時に、あたかも未来がやってきたかのようなイメージで世の中に広まったが、実際には1990年代のはじめから製造業の現場にあったものが、2012年頃に低価格化が進んだことで、爆発的に一気に広まった。

トポロジー最適化を行うソフトは以前から存在している。1980年台には、ミシガン大学の菊池昇教授によるこの分野の研究がよく知られており、そこに畔上秀幸教授、西脇眞二など日本人の研究者も多く携わっている。製品としては、例えば、日本の企業である株式会社くいんと、が開発・販売する「OPTISHAPE-TS」などがある。大手の自動車メーカーを始めとして多くの事例も発表されている。


●トポロジー最適化を使いこなす

ところで、このトポロジー最適化や形状最適化はどのように活用したらよいのだろうか。特にトポロジー最適化の場合には、まったくのプレーンな金属の板が何やら穴の空いた構造物に変化する見かけの派手さがあって、これまで考えつかなかったような構造が生み出される予感はある。それはそれで構わないが、条件によっては本当に突拍子もない形状が出てきたら、それを設計の中でどのように扱ったらよいのだろうか。何かのインスピレーションということで、開発の非常に初期の段階だったり、何か行き詰まったりした時のヒントにはよいかもしれないが、制約のきつい条件下で自由奔放な提案をされても困るということもあるかもしれない。

さらに提案された形状が本当に大丈夫かどうかは、結局のところ人間が検証する必要がある。出てきた提案を鵜呑みにして、そのまま作ったら壊れたんですけど、と言っても始まらない。

結局のところ、どんなに素晴らしい機能であったとしても、人間のエンジニアがしかるべき知識とスキル、それに経験を持っていないと上手く使いこなすことができないということに例外を見つけることは難しいようだ。自由奔放なトポロジー最適化も、人間が上手に制約しながら使ったり、より自由度の少ない形状最適化の機能を活用したりすることで、本当に革新的でかつ意味のある形が生み出されるのかもしれない。

ただ、1つ言えることは、自分にとって新しい機能に手が届くようになったら、できる限りいち早く試してみることと、それを使いこなすための知識を学んでおくことが重要だ。3Dプリンタもそうだがカタログスペックだけでは何も分からない。使ってみることで実感のある知識や経験になる。また、通常の解析もそうだが、工学的なものを扱うにはやはり必要最低限の材料工学などの知識が求められる。研究者になるような知識まではいらない。構造物を扱う人であれば基本的には知っておいてほしい知識があればよい。

その上でどんどん使い始めれば、ある意味で自分も先駆者の1人になることができる。今後も、従来は高価で大手企業しか使うことのできなかったテクノロジーが汎用化し、誰でもその気になれば手が届くという状況は珍しくなくなるであろう。

四の五の言わずに好奇心を持ったらすぐに飛びついてみることと、出てくる結果を判断する目を磨くこと。これらは分野を問わずに言えることなのかもしれない。少なくとも筆者は最近、強くそう感じている。




次回は5月中旬掲載予定です。
(2018年4月19日更新)


 

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