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最新技術の鑑定術

本コラムでは、さまざまな最新テクノロジーがモノ作りや生活とどのように関わっていくのかを考察していきます。毎日のように出来立てのテクニカルタームが飛び交うビジネスシーンで、何が大切なのか? 皆さんが見極めていくヒントになれば幸いです。

 

 
 

New Technology Judgment

第15
建築物用などの3Dプリンタの現状

水野 操

米・Embry-Riddle航空大学修士課程修了。1990年代初頭から、CAD/CAE/PLMの業界に携わり、大手PLMベンダーや外資系コンサルティング会社で製造業の支援に従事。2004年に独立し、独自製品開発の他、3Dデータ、3Dプリンタを活用した事業支援などを行っている。著書に、『AI時代に生き残る仕事の新ルール』(青春新書インテリジェンス)など。
http://www.nikoladesign.co.jp/

 


●新しい道具、セメント用3Dプリンタ

前回は、道具をドライバーにして何か新しいことをやる取り組みについて考えてみた。何か新規性のあることを考えることは案外難しい。すでに誰か別の人が考えていたくらいは珍しくもなく、単に自分が知らないだけですでに実現していた、なんてこともある。

ただ1つ言えるのは、すごく新規性のあることには、たいていの場合、何か、それまであまり使われてこなかった道具が関わっていたりする。3Dプリンタ自体は製造業のある分野では取り立てて珍しいものではなかったが、2012年以降、従来使ってこなかった、特に異分野の人や会社が関わったことでマーケットが一気に広がったし、何か化学反応を起こしたように新しいビジネスが始まったりもした。

だから、物珍しい、新しい道具をドライバーにして何か新規性のあることをやったら面白いのではないか、という主張が前回の記事だった。その記事の最後に取り上げた新しい道具の1つがセメント用の3Dプリンタだ。

●セメント用3Dプリンタの今

大型の建築物を作るための3Dプリンタもまた実は目新しいものではない。筆者も少なくとももう5年以上は、ネット上の記事などで目にしている。また、NASAとかESAなどが、月や火星に建築物を作るための研究を進めているというような話も数年前から聞いている。毎年、どこかで新しい建物が建った話も目にする。しかし、問題なのはそれ以上の話が出てこないことだ。例えば建物で言えば、何か実験的な建物ではなくて、本当に人が恒久的に住める建物で実際に住人が居住を開始したというような話だ。

さらに建物以外のアプリケーションの話はほぼ聞かない。3Dプリンタでコンクリート橋を作った話が中国であったが、少なくとも一般に供用するまでには至っていないようだ。コンクリートやセメントで作る構造物は、強度が求められるだけでない。石像的なオブジェでもよいはずだ。ところが、それも今のところほぼ実現できていない。

製造業分野で使う樹脂や金属は、最終製品を使うくらいに成熟した3Dプリンタだが、セメント系の材料では、その段階にはまだ至っていない。むしろ、まだ遠いというのが筆者の見解だ。2012年くらいのホビー用3Dプリンタだって、もう少し様になるものを作ることができた。

だが、それはその一方で、3Dプリンタのメーカー側にとってもユーザー側にとっても、これからまだまだいろいろな取り組みを行う余地があるということだ。


セメント用3Dプリンタの試作機。(クリックで拡大)

器を造形中の3Dプリンタ。

●セメント用3Dプリンタの難しさ

筆者はこの4年ほど、太平洋セメントの中央研究所、法政大学の理工学部とともにセメント用3Dプリンタの開発に携わる機会をいただいている。2017年には、展示会にも出展した。なので、ある程度の造形ができる程度まで試作機は仕上がってきている。造形の仕組みについて特許も出せるくらいの開発はしている。しかし、前述のように、私が関わった機械もまた実用レベルには至っていない。もっとも、太平洋セメントはそもそも材料メーカーだし、弊社と法政大学はその材料開発に使える機械開発するということで、そもそも売り物の機械を開発していたわけではないので当然と言えば当然なのだが。

さて、これまでにない機械を開発するのは当然困難な話だ。失敗につぐ失敗というのは取り立てて珍しい話でもない。今回の開発で、難しかったのははやり材料の扱いだ。例えばFDMで使う樹脂は使うまではいくら放置しておいても(というのは言い過ぎだが、実用的に使う時間軸では)材料の物性は一定だ。1時間後に確認したら溶けていたなんてことはない。光造形の材料は実用的な「賞味期限」はあるものの、トレイに材料を入れてお日さまにでも当てておかなければ、固まっていたということもない。

ところがセメントはそうはいかない。粉と水との練り混ぜ方で出力の状況は変わるし、その日の天候による温度や湿度もかなり敏感に影響する。無事に練り上がっても、コンスタントに材料は経時変化する。

また、材料の性質として望ましいのは押し出している時は、適切な流動性を持ち、ノズルから出て目的の場所に積み上がったら即座に固まることだが、残念ながらセメントはそんな材料ではない。もちろん可使時間を長くして、できるだけ早く固まる調整をしていても、例えばFDMのABSみたいにノズル付近ではとけていて、積まれた瞬間に温度が下がって固まるなんてこともない。セメントを専門に扱う機械でも設計していなければ、一般の機械設計をしている人間にとってはなかなか新しい材料である。

逆に材料を専門にしている人は、機械設計には明るくないことが多い。専門が違うので実に当たり前の話であるが。そんなわけで機械の成熟度を上げていくための関係者間の話というのは、いつも以上に重要になってくる。もっとも、この手のプリンタの開発と応用が進んでいないのは、そこが問題ではないと筆者は考えている。


造形サンプル 。(クリックで拡大)

内側に傾斜がついたオーバーハング形状(中が空洞)の造形中に失敗した例。

●その技術に投資ができるか

筆者は、2012年頃から現在に至るまで、現在我々が製造業において日常的に使用している3Dプリンタとそれを取り巻くビジネスの環境が大きく進展したのは、つまるところブームの初期からそこに、単に夢を抱くだけでなく投資とさまざまな活動があったからだと考える。

もちろん、個々のビジネスを見てみれば失敗してなくなってしまったものは珍しくない。しかし、3Dプリンタを開発する側も、それらの機械を使ってビジネスをする側も、そこに人と労力、そして資金を投資した。ビジネス的な皮算用は当然考えて投資したわけだが、そこに成功する保証は何もない。

セメント用3Dプリンタについては、まだそういう段階には至っていないと思う。もちろん日本においても、超大手の建築・建設会社が取り組みをはじめてはいる。だが、その様子は一気呵成に何か新しい世界を作る、という感じではない。
業種を問わず、実は今の日本に欠けているのはそこかもしれない。あるテクノロジーを信じ切って、一気呵成に多額の投資をしていくということが、世界を席巻することには求められる。

もし、異分野で資金力や優秀な人材を大量投入できる企業がこのセメント用3Dプリンタに本気で参入してきたら、結構面白いことになるのではないか、筆者はそんなふうに考えている。


次回は8月中旬掲載予定です。
(2019年7
月16日更新)

 

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